倒産する出版社に就職する方法・第76回
「本日、緊急事態宣言を発出します。国民の命と生活を守るための決断です」
2020年4月7日、総理大臣は7都府県に緊急事態宣言を発出し、不要不急の外出自粛を強く求めた。緊急事態宣言を求める強力な世論が政治を押し切ったのだった。
女性キャスターは視聴者に呼びかけた。
「その命を奪ったのは私たちかもしれない。どうか他人事ではなく、大切な命を守るんだ。『自粛させられる』ではなく、すすんで自粛してください」
今、日本全国で日々10名もの尊い人命が失われ続け、また1日1200名もの人が負傷している。
この問題が厄介なのは、自分が被害者になるばかりではなく、加害者になるかもしれないということなのだ。
STOP交通事故!
「自分だけではなく、愛する人の命を守るため、不要不急の外出は避け、家にいよう」
ボクはテレビを観ながら、そう心に誓った。
緊急対策の一環として政府が一世帯に2本ずつ配ると表明したシートベルトが東京都民に届き始めているという。「思ったより短い」「着け心地がよくない」などの批判もあがっている。
しかし、今は政府の対応を批判するより、国民が一致団結して人類の敵・交通事故と闘うときだろう。
STOP交通事故!
「乗ったら締めようシートベルト 十分とろう車間(ソーシャル)距離(ディスタンス)」
ボクはテレビを観ながら、教習所で覚えたスローガンを暗唱した。
全世界で死者を増やし続ける交通事故対策のため、全自動運転技術の開発が喫緊の課題になっている。世界各国が巨費を投じ開発に取り組んでいるが、まだ実用化のめどは立っていない。
年内に実用化を図れるという話もあれば、一般市民にまで行き渡るのには早くとも2021年の秋になるという話もある。いずれにせよまだ先行きは見通せないのだ。
しかし、人類の叡智はこれまでも幾多の困難を乗り越えてきた。それは今回の交通事故禍も同様のはずだ。
STOP交通事故!
「えっと……ビックマックと、ポテトはLで、あとコーラ……」
ボクはテレビを観ながら、ウーバーイーツでビックマックセットを注文した。
一方、交通事故の致死率はそれほど高くなく、過剰に恐れる必要はないという見解もある。例年流行し、そのたびに全世界で25万~50万人が犠牲になるインフルエンザや、まだあまり話題になっていないが今年流行の兆しを見せすでに全世界で16万人が亡くなったという新型コロナではなぜ自粛しないのか、という意見もある。過剰な自粛がより大きな被害を生むという論者もいる。どれが正しいのか、ホントのところはボクにもよくわからない。
ボクはテレビを観ながら、そのままウトウトと眠りに落ちた。
(一話完結)