倒産する出版社に就職する方法・第24回
8月16日の朝。
まだ盆休み明けの気だるさが支配する靖国通りを一台のバイクが疾走する。欠伸を噛み殺している街を尻目に、ヘルメットを小脇に駆け抜けた私は、いつもより早めに事務所に飛び込む。
はやる気持ちと噴き出す汗を抑えるべく、エアコンのスイッチを入れ、ひと息つく。
この日、私はあるものの到着を心待ちにしていた。
部屋の空気がちょうどよく冷やされたころ、事務所のドアがノックされる。
「お届けものです」
来た。
ダンボールで厳重に包装された荷を解いていく。
ずっと待っていたんだよ。
トレーシングペーパー越しに臨む原画は、なぜかいつも神々しい。
ウエディングベールをそっとたくって誓いのキスをするように、トレーシングペーパーをめくりあげ、原画に指を這わせていく。
一枚、二枚、三枚……。
6枚……。
また6枚、来た。
今週一枚もあがってこなかったら、あきらめようと思っていた。
さすがに物理的にもう無理。
フォレスト出版に謝って、9月刊行をいったん外してもらい、半月なり1カ月なりズラしてスケジュールを引きなおすしかない、と。
でも来た。
それも全部じゃなくて、6枚。それ以上でも以下でもなく、6枚。
1、2枚なら、すっぱりあきらめた。気持ちを切り替えた。
全部なら、一刻もムダにしてなるかと覚悟を決めて走り出した。
でも6枚来た……。
これで前回分の6枚と合わせて、トータル12枚。
全部で20枚必要なので、5分の3。
このまま進むには険しすぎ、引き返すにはもう歩きすぎ――。
次の一歩、どちらに踏み出そう。
9月刊行はどうする。突破できるか? 自重すべきか? 心が揺らぐ。
3だと少なすぎ、10だと与えすぎ。
だから、6が来た。
精神の均衡を失わせるのに、絶妙すぎる、じつに絶妙すぎる生殺しポイントをついてきた。
新しい拷問?
まあいい。
しかし、こんなことでうろたえる私ではありません。
なぜなら、私も昨日や今日、編集者になったわけではないのです。
2000年に三五館に入社して以来、2017年10月に至るまで、17年半の編集者生活において160冊を超える書籍を編んできました。三五館シンシャとしてリスタートして以降も、半年で5冊の本を世に送り出してきた。
数々の著者とのせめぎあい、無理筋なスケジュールとの苦闘、80cm間隔で設置されたH社長のハードルetc.……あらゆる修羅場をくぐり抜けてきたといっていいでしょう。
書籍制作の現場にはトラブルがつきものです。
生じたトラブルに臨機応変にどう対応するかというのも編集者の力量といえるでしょう。
かくいう私の引き出しにも、編集者生活で培ってきた数多くの問題解決のテクニックが備わっています。
問題には必ず解決法があるわけで、あとは自らの引き出しから問題に応じた策を取り出すだけのことです。
今回のケースももちろんそうです。
こういうときはどうするか?
――心頭滅却する――
これです。
もう、これしかありません。
なにはともあれ心頭を、しっかり滅却する。
すっかり黄ばんでしまった心頭を、驚異の洗浄力で滅却しとく。
「さあ、滅却、滅却!」
そうつぶやきながら、今日生じた難題を見事に解決した私は、充実感に満ちた表情で、夕闇迫る靖国通りをバイクで走り抜けるのでした。
9月の新刊『買いものは投票なんだ』の制作秘話。始まりはフォレスト出版から送られてきたISBNから。
http://www.sangokan.com/2018/08/02/%E5%80%92%E7%94%A3%E3%81%99%E3%82%8B%E5%87%BA%E7%89%88%E7%A4%BE%E3%81%AB%E5%B0%B1%E8%81%B7%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95%E3%83%BB%E7%AC%AC20%E5%9B%9E/
http://www.sangokan.com/2018/08/07/%E5%80%92%E7%94%A3%E3%81%99%E3%82%8B%E5%87%BA%E7%89%88%E7%A4%BE%E3%81%AB%E5%B0%B1%E8%81%B7%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95%E3%83%BB%E7%AC%AC21%E5%9B%9E/
noteでも連載やっています