倒産する出版社に就職する方法・連載第13回
2000年4月20日(木)、予定の17時をずいぶん過ぎて始まったH社長との2回目の面接。すぐに採用か不採用かを知らされることになると思っていましたが、どういうわけか話題はなかなか核心に至らず、周辺をぐるぐる回るだけの雑談が続きます。
しばらくのちに気づくことになるわけですが、これはH社長独特の会話術(?)で、打ち合わせのメインテーマをすぐに持ち出さず、しばらく雑談に努めるんですね。あえて獲物の周りをぐるぐると廻りながらじょじょに距離を詰めていくということなのでしょうか。でもそれが意外に長かったりします。
非常にまずいのが、この会話術に相手が応じてしまった場合で、雑談だけが延々と続くことになります。私が知る限りでも、某著者との打ち合わせで「雑談8時間」という日本記録を樹立したこともあるくらいです。
とにかく採用か不採用かを知りたい私の切迫感を感じ取ったのか、H社長もいつもならたぶんまだ20分は続けるであろう雑談を早々に切り上げ、核心をついてきました。
「それじゃあ、アルバイトからやってみますか」
1998年の春すぎに始まり、実に丸2年(および連載12回分)を費やした、私の就職活動がここに結実しました。
いやぁ、よかった、よかった。大団円ですね。
当時の私にとっては感激や安堵というより、把捉という感覚でした。
掴もうとしても実体があるのかないのかも定かでなく(もちろんあるんですけど、掴み方がわからなければないも同然)、目前まで来たように思えて手を伸ばすと指と指の間からすり抜けていったものが、ついにここにある、という感じです。
あったんだ。
くれるんだ。
離すくらいなら、このまま握りつぶしてやる。
「なんで出版を志望したのか?」
大学4年次の就職活動で何度も履歴書に記入し、何度も面接で問われ、そのたびごとに繰り返し答えてきました。
「幼少より本が好きで……」
当時、自分自身が志望動機になんて答えていたのか、まったく覚えていませんが、たぶんこんな感じ。
ウソじゃないけど、実感も実体もない空虚な言葉。
この空っぽの言葉を、焦り、怒り、妬み、望み等々、実体のある感情で少しずつ満たしていった。それがこの2年間でした。
で、2年かけたら、自分がその後17~18年出版業界で活動するには十分なくらいの重さと硬さになっていたのでしょう。少々のことでは壊れません。しかもあと20~30年はゆうに使える。
――お前はなぜ出版をやるのか?――
この問いかけへの答えは、この2年間そのものです。
就職活動中、2年あまりのあいだ、さまざまな眼が私を審査してきました。
いまじゃもう恨みも何もまったくないし、全部美しい思い出でむしろ感謝しているくらいだけど、まあよくやってくれたわ。何人、何十人かが、揃いも揃って見事に同一のジャッジしてくださった。
最後の最後、たった一つの眼だけが私を見抜いた。
その瞬間、ゼロだったものが、イチになった。
私は、この眼が節穴だった、と言わせるわけにはいかんのですよ、やっぱり。
――なぜ出版をやるのか?――
これが私のもうひとつの、そして最大の答えなのです。
(第一部青雲編・完)
http://www.sangokan.com/2018/05/09/%E5%80%92%E7%94%A3%E3%81%99%E3%82%8B%E5%87%BA%E7%89%88%E7%A4%BE%E3%81%AB%E5%B0%B1%E8%81%B7%E3%81%99%E3%82%8B%E6%96%B9%E6%B3%95%E3%83%BB%E7%AC%AC%EF%BC%91%E5%9B%9E/