三五館シンシャ

ビッグデータと取次番線

倒産する出版社に就職する方法・連載第19回

 

出版社にかかってくる電話はさまざまで、著者はもちろん、書店、取次、印刷所、デザイナー、そして読者からの注文や問い合わせ、さらには抗議電話や原稿の売り込みまで多岐にわたります。

 

電話の作法、その3「的確に」。

電話を受けたものは、多岐にわたる関係者からの用件を瞬時に判断し、担当部署にスムーズに回し、的確に意図を伝達すること。

ちなみに前回(第18回)、私の耳に「かぁだ」と聞こえたのは、山岳写真家・岡田昇氏からの電話でした。

相手がかぁださんなら、たいていSさんかH社長宛なのです。

もし担当者が不在であれば、相手方にどう対応するかを約束し、その後、社内に伝達し、必ずフォローをすること。社内でモタモタして、電話相手を待たせるなどあってはならず、「わかりません」で切るなんてことは言語道断です。

そして、つつがなく用件を完了させたのち、相手が電話を切るのを待ち、静かに受話器を置く。これらの掟が完璧にこなせてはじめて「電話受けができる」といえるのです。

 

 

入社当初、対応が難しかったのは、書店・取次からの注文でした。

 

電話が鳴ります。

「はい。三五館でございます!!!」

「書店です。『カムチャツカ探検記』在庫1冊ありますか?」

【なお、同書は2001年12月、冬山撮影のため入山した北アルプス奥穂高岳で消息を絶った岡田昇氏最後の作品】

 

書店からの注文に際しては、該当書籍の在庫の有無についても把握しておき、瞬時に答える必要があります。

在庫があれば問題ありませんが、在庫がないものでも、一冊も残っておらず出荷不能の「絶版」、返品があり次第出荷可能になる「返品待ち」など、在庫状況で対応が変わってきます。

 

三五館の刊行作品は当時200点。総務部のSさん(岡田昇さんからご指名のあった前出のSであり、連載第12回でH社長との面接を前にした私に唐突にチラシを折らせたSです)から、全書名とそれぞれの在庫の有無が記載された一覧表(A4用紙2枚)をもらっていました。

いわゆるビッグデータです。

注文と同時に、私はこのビッグデータに瞬時にアクセスし、必要とされる情報を取り出し、顧客に提示しなければなりません。当然、高度な情報解析および情報処理技術が必要とされます。

 

ビッグデータ(A4用紙2枚)に対峙し、書名をひとつずつ下からゆっくり指でなぞっていく私。

 

え~、カムチャ……カムチャ……カムチャ…………あ、あった!

 

「はい。『カムチャツカ探検記』1冊、在庫ございます!」

「それじゃ注文お願いします。番線がニッパンでエージュウゴのゴジュウヨン。イチナナナナロクゴ……」

 

ビッグデータの解析を終えた私に早くも次なる関門が立ちふさがります。

いわゆるブロックチェーンです。

暗号のごときコードを聞き漏らさないよう必死でメモする私。

……A15-53……17765……

 

出版業界の流通の仕組みは、(一般的には)出版社と書店とのあいだに、トーハン、日販などの取次が介在し、出版社はこの取次を経由して、書店に本を卸すことになっています。

出版社に直接注文する際、書店の担当者は自社の「取次番線」を名乗って注文します。

私が必死にメモっている暗号こそこの番線であり、トーハン、日販、大阪屋、栗田、中央社、太洋社、弘正堂(2000年当時、三五館が取引していた取次ですが、2018年現在、この半数が姿を消しています)……と取次ごとにすべて番線の形式が違うのです。

 

「番線トーハン、サンジュウナナアールジュウイチ、ゴーロクニニヨン……」

「大阪屋の、ニジュウゴのヒャク、ロクサンハチキューのイチ……」

 

各取次の名称すらうろ覚えの私にとって、口の中を覗き込みながら歯科医がつぶやく数字のごとくに理解不能なこの呪文、一字一句聞き逃すわけにはいかないのです。

 

だって、ほら、私のデスクのすぐ後ろ、喫煙室から今、紫煙が立ちのぼっているのがあなたにも見えるでしょ。(真夏の怪談風)

 

(つづく)


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