日本をダメにする最高裁判所の巨悪不正、八百長裁判の実態を元裁判官が告発する!
日本の闇の中枢には最高裁の判決介入、司法統制の密約犯罪があった!
裁判所の巨悪不正の実態を知り、国民は主権を取り戻そう!

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本書の3分の1を音声読み上げ朗読

本書の概略、動画チラシ

立ち読み読み上げソフト動画

元裁判官による告発指南本 最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法 生田暉雄著アマゾンのページ

元裁判官、弁護士、生田暉雄著作集 アマゾンのページ

一市民が斬る!!最高裁の黒い闇―国家の謀略を追った2000日の記録 志岐武彦著
最高裁の罠 「検察の罠」から「最高裁の罠」へ 志岐武彦著
血液の闇 輸血は受けてはいけない 特設サイト
血液の闇チラシ

ごあいさつ

こちらは最高裁判所の闇取引、密約統制、占領植民地政策の執行所となった裁判所の実態を綴った『「最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法』を引用した特設ページです。
このサイトでは本書の約3分の1にあたる80ページ相当の立ち読み版を公開しております。PDFも動画の読み上げソフト版も同じ引用文です。
裁判所、司法問題のページとしてブログ、ツイッター、フェイスブック、お知り合いへのメールでのご紹介、配布などにご活用いただけますと幸いです。

◆資料 本書の印刷用の見本版PDF 画像多数

最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法 生田暉雄著 立ち読みPDF版
配布、印刷などで、ご活用ください。PDFには関連資料の画像が付いています。ホームページ版には画像は付けておりませんが、代わりにサイトでは関連動画と関連サイトへのリンクを埋め込んでおります。合わせてご活用ください。

裁判所、最高裁事務総局の不正、ヒラメ裁判官統制に関する動画

●リチャード・コシミズ氏、ベンジャミン・フルフォード氏との講演を抜粋

ベンジャミン・フルフォード×リチャード・コシミズ 「FACT2016」03 with 生田暉雄

●著者の講演、出演動画

●その他の著者出演動画

Google 検索の動画 生田暉雄

●検察と裁判所の関係の動画

●冤罪問題、不正な捏造捜査の動画

●警察、検察、裁判所、官公庁による日本の占領植民地支配の動画

●最高裁の黒い闇著者 志岐武彦氏の講演動画

志岐武彦氏 YouTube講演動画

裁判所の不正、ヒラメ裁判官、裏金作り、関連資料リンク

最高裁をただす市民の会
一市民が斬る!!最高裁の黒い闇 ブログ 雑誌の記事など多数
捏造司法国の解明 無料電子書籍対応ebook全37巻
最高裁 ウラ金 filetype:pdf
最高裁 裏金 裁判
最高裁事務総局 秘密組織
最高裁事務総局 闇
最高裁事務総局 人事
最高裁事務総局 不祥事
最高裁事務総局 小沢一郎
最高裁事務総局 人事局
最高裁事務総局 ヒラメ
最高裁事務総局 アメリカ
最高裁事務総局 財務省
最高裁事務総局 イカサマ
最高裁事務総局 魔窟
最高裁事務総局 画像
密約 砂川事件
検察の闇
絶望の裁判所
日本 ドイツ 行政裁判 件数
検察 前身 隠匿退蔵物資事件捜査部
市民連帯の会
最高裁 裏マニュアル
裁判官検索

●刑事、司法関連動画 裁判所が作り出す冤罪

YouTube 高知白バイ事件
YouTube 検察の動画
YouTube 最高裁事務総局
YouTube ヒラメ裁判官
最高裁の裏マニュアル 矢部宏治氏 動画
最高裁事務総局 動画

本書の主張 最高裁、裁判所は犯罪的国家機関である!

1、最高裁は犯罪的国家機関である。
2、日本人は犯罪的国家機関の裁判を受けている。
3、最高裁は、横領罪、背任罪を犯して、違法な裁判官の給料差別、任地差別により、ヒラメ裁判官を作っている。
4、最高裁は、ヒラメ裁判官作りの工作費として、詐欺罪、公文書虚偽記入、同行使罪、横領罪等を犯して国家予算を違法に取得してウラ金を作っている。
5、最高裁は、ヒラメ裁判官作り、ウラ金作りがバレないように公務員の個人責任を認めない。
6、最高裁は、ヒラメ裁判官にヒラメ裁判を十分にやらすため、裁判官の専門家責任、国家賠償責任を認めない。

提言の概略 日本人は裁判制度によって国家が暗黒統制されています!

最高裁、裁判所は日本最大の犯罪的組織です!!
最高裁の巨悪犯罪が違法に国民を統制している実態!
最高裁の不正理由を知れば日本の闇中枢が見えてくる!

日本は戦後、アメリカのGHQの意向に添って司法省が解体されて行政と切り離し、行政裁判、米国の利権に関わる裁判はすべて最高裁判所の判決統制、密約のとおりに判決させるヒラメ裁判官統制によってコントロールされています。
米国による日本の占領統治は、GHQが旧司法省を解体し、現在の最高裁事務総局に分離し、米国の政策密約を統制しはじめたのが戦後の日本人にとって最大級の悲劇のはじまりでした。
戦後の最高裁は米国の組織として再出発していたのです!

裁判所の正体は密約執行所、裁判官は密約執行人!

本書では、米国の国策、要求を最高裁判所が密約統制を行い、国民を奴隷化、統制し、米国の指示、密約によって政治、行政、産業構造までをコントロールしてきた歴史の闇、最高裁の裏命令、ヒラメ裁判官統制(密約執行統制)によって国民を欺く違法な犯罪裁判が行われてきた闇の実態を解き明かしました。
日本は米国の行政命令を最高裁によって統制されているため、行政裁判の件数と勝率ではドイツの2000分の1以下しか主権がありません。最高裁に裁判官統制されているため日本人に主権はまったくといっていいほど認めない悲惨な実態です。

アメリカの統制で植民地政策化した「八百長の裁判所」

行政裁判、刑事裁判の司法の闇には、最高裁の判決統制、ヒラメ裁判官統制が元凶になっています。
アメリカの顔色をうかがう最高裁の裁判官統制が日本の統治機構の中枢コントロールタワーとして日本人を支配しています。これはたいへんな人権侵害が裁判所を通じて行われているのです。
このような犯罪が戦後70年間ほとんど誰も指摘せずに放置され続けてきたことは大変な社会問題です。

最高裁判所の違法な闇取引、裏金、八百長の判決統制を撲滅しない限り、日本の闇は晴れない

違法な闇取引によって最高裁判所の密約が決めるあらゆる判決基準が日本人の生活、産業のコントロール、占領の中枢基盤になって、占領政策が執行され人権侵害されています。最高裁の正体は密約統制だったのです。最高裁判所によるアメリカ、行政、霞が関機構との闇取引、密約の裏マニュアルによるヒラメ裁判官統制があり、国民が暗黒中枢の最高裁の犯罪、歴史的史実をよく知り、司法官僚達の犯罪と向き合うことから日本人の主権取り戻し、独立国家への道が開けます。本書はその人権侵害の闇を告発します。

本書の概略、要点 裏金確保に勤しむ最高裁、犯罪的組織に裁かれる日本人

日本の戦後の最高裁判所を作ったのはGHQだった!
日本の闇の中枢には最高裁判所の不正があった!
日本人の主権取り戻しは最高裁の不正取引撲滅から
究極の秘密組織である最高裁事務総局の裏判決統制
違法な人事統制のため人事の仕組みは絶対明かせない
日本の裁判制度に隠された巨大な闇の背後にはアメリカの密約の裁判統制があった!砂川事件など
アメリカの占領軍のためのヒラメ裁判官統制が日本の闇構造、産業中枢のコントロールタワーになっている
違憲判決を出すと厳しい制裁、左遷が最高裁の人事統制で行われている恐怖人事が裁判官を襲う
日本最大級の犯罪的組織だった最高裁判所の恐るべき違法行為の数々が明らかになった!
日本の裁判官が違憲判決を出すことは命がけの勇気が必要な理由は恐怖の制裁執行にある!
日本中の行政裁判を裏取引で背後からコントロールして却下させている最高裁事務総局の正体
裁判官たちにとって、最高裁の密約に反するのは命がけ
行政裁判は"報告事件"として書記官が最高裁事務総局に密告監視され意に反すると交代させていた!
9割方勝っている裁判が最終回で大逆転敗訴する仕組みには最高裁の闇取引と判決裏指令があった!
アメリカの利権が背後にある金融、医療、原発、エネルギー利権の裁判は徹底統制で占領植民地の維持を行う
最高裁判所には裏取引のための経費として数百億円単位の裏金作りがあった!
税金から巨額の裏金を作り、バラ撒いて、学者、マスコミから裁判所の悪口を封印する工作費に使われている!
95%の捜査は捏造がまかり通っている日本の刑事裁判
原発住民裁判で地裁で勝っても最高裁に行くと100%敗訴させる絶望的な日本の裁判統制の仕組み
優秀な裁判官とは最高裁判所の裏取引、密約どおりの判決をしてくれる裁判官は東京、首都圏に配置する
密約、闇取引通りの判決を出すお気に入りの裁判官は出世街道をばく進させ、反すると支部ドサ回りにされる
日本人の主権を徹底的に奪い尽くす最高裁判所の行政裁判阻止の卑劣な監視、裏指令が行われている
最高裁の裁判統制で、医療、原発、基地、金融などあらゆる問題が解決できなくなっている奴隷国家の日本
行政裁判の実態は人口比でドイツ75万件、日本は2千件、勝率も含めると数千分の1の主権しかない!
日本の主権を奪ってアメリカ占領軍の占領植民地政策を行っているのが最高裁判所の本当の仕事だった!
日本の行政裁判が世界有数に少ない理由には行政との闇取引、占領植民地政策の裏取引があった!
判決統制、行政裁判阻止で日本人の人権、主権は完全に奪われ、人権侵害大国、占領国家になっている現実
99.98%の有罪率の背景には、癒着があった!
裁判所の犯罪、不正構造を知り、主権を取り戻そう!

はじめに 裁判官が恐れるもの

2016年3月29日、日本のあり方を変えるともいわれている安全保障関連法案(安保法)が施行されました。
すでに成立直後から、各地で安保法に対する違憲訴訟が提起されています。
これからその動きは本格化していきます。
憲法学者など著名人を中心にした大原告団の訴訟も予定されています。
たとえば、多数の有名人や憲法学者を原告とし、さらに1000人を超える弁護士を代理人とした大原告団が結成された場合、裁判所や裁判官は相当な圧力を感じるだろうと考えるのが普通です。
ところが、私の経験に照らしても、実際の裁判官はこうしたことを少しも圧力と感じません。
大勢の原告・代理人の事件を簡単に処理することに快感すら覚えるというのが現実なのです。
なぜでしょうか?

それは、裁判官が巨大な権力(最高裁)を背景(後ろ盾)にしているからです。
ほとんどの裁判官は権力の庇護と支配のもとにあり、そこに居続ける限り、彼らは安寧を保たれるのです。
それゆえ、彼らはひたすらに最高裁の顔色だけをうかがいながら、判決を下していくことになります。
上だけを見ながら、海の底に身を潜めているヒラメのごとくに、です。
もちろん、裁判官は憲法によってその独立性を保障されています。
しかし、実態はいつでも最高裁という権力がにらみをきかせていて、ときにはあからさまにコントロールしてきます。
本来、最高裁は私たち主権者の最後の砦であり、もっとも信頼すべき国の機関であるはずです。
しかし、実態は逆です。かろうじて信頼できうる裁判官が地裁や高裁にいたとしても、彼らの判決を最後の最後に最高裁がひっくり返し、主権者の信頼とは逆の判決を出してしまうのです。
地裁や高裁が、最高裁に目をつけられたら、どのようなことになるのか……本書ではその具体例もご覧いただきながら、最高裁の裁判所支配の実態を明らかにしていきます。
最高裁自体が抱える闇についても知っていただかなければなりません。
私が長年にわたって追及している最高裁のウラ金問題です。
この闇の深さは皆さんの想像を絶するものかもしれませんが、できる限りの資料によってこの闇に光を当ててみたいと思います。
本書では、最高裁のあり方を問い直すことで、最高裁支配を甘んじて受け入れているヒラメ裁判官たちの安住の地をグラつかせたいと思っています。

もくじ 最高裁に「安保法」違憲判決を出させる方法

はじめに──裁判官が恐れるもの

第1章 最高裁が違憲判決を出せない本当の理由
1 黙ったままか、行動するか?
2016年3月29日…
門前払いされる違憲訴訟
「惨禍が起ることのないやうに」
裁判は主権実現の強力ツールだ!

2 「砂川判決」の背景にあったこと
〝頼みの綱〟砂川判決ってなに?
憲法と安保条約、どっちがエラい?
為政者を大慌てさせた「伊達判決」
憲法が適用されない領域
「こんな判決はたまらない」──マッカーサーによる圧力
最高裁の犯罪
全裁判官をコントロールするしくみ

第2章日本人が裁判嫌いになったワケ
1 ちょっとヘンな日本の裁判
裁判沙汰にはなりたくない!
国民を裁判から遠ざけるために…一
市民としての大いなる疑問
諸外国にはあって、日本にはない「憲法裁判所」
なぜ憲法裁判所を作らなかったのか──アメリカの配慮
もし、日本に憲法裁判所があったら…
行政訴訟が無力化した出発点
行政訴訟がほとんど敗訴するカラクリ
公務員不正の温床とは?──公務員個人はその責任を負わない

2 歪んだ司法を作った2人の最高裁長官
GHQへおもねった裁判官
変節の第3代長官・横田喜三郎
やっぱり最高裁長官になりたい!
自らを正当化する方法
ヒラメ裁判官作りのアメとムチ

3 裁判官たちの、悩み・葛藤・涙
違憲判決は命がけ
陪席裁判官が恐れるもの
ヒラメ化を拒絶し続けた裁判官はどうなったか?
最高に嬉しかった瞬間
私の22年間の裁判官人生
徹底的に鍛えられた大阪高裁時代
右陪席で悩み苦しんだ私の体験
尊敬する裁判長の出世の道を閉ざせるのか?

第3章 最高裁はこうして統制・支配する
1 最高裁が監視する「報告事件」の実態
裁判官から弁護士に転身して見えてきたこと
驚き、呆れ、憤った、ある裁判
原告勝訴を確信した後に…
こんなことがあるのか!──判決直前に裁判官が交替
東京地裁はなぜ判決を逆転させたのか
最高裁が監視している「報告事件」

2 冤罪はこうして生み出される
冤罪を作る刑事裁判の異常
〝異例中の正常〟村木厚子さん無罪判決
異常の極致!高知白バイ事件
出来レースの刑事裁判
豹変した味方──再審の見通し立たず
不可解なことが多すぎる…
冤罪の温床となる判検交流
そして判検交流は脈々と続いていく

3 これが〝優秀〟な裁判官だ!
〝例外裁判官〟急増中!
〝優秀〟すぎる所長の秘密
最高裁にとって「優秀な裁判官」とは?
「黒字」の裁判官、「赤字」の裁判官
徳島ラジオ商殺し事件の思い出
こんな判決文を書く裁判官がいるのか!
再審を決定した裁判長のつぶやき──再審請求が認められない理由

第4章 告発!最高裁がひた隠す裏金問題
1 最高裁の莫大なウラ金作り
「裁判官の報酬等に関する法律」の特異性
「裁判官の報酬」は最高裁が決める
意に沿わなければ、糧道を断つ
ウラ金作りの源泉
ウラ金は最高裁の必要経費!?
こんなところにもウラ金か?

2 最高裁に情報公開を請求すると…
裁判所は情報公開の対象外か
情報公開に関する最高裁の見解
ヒラメ化とウラ金について情報開示を請求
公開拒否の取消請求を東京地裁に提訴
会計検査院の検査を受けない最高裁
市民101人とともに再び情報開示を請求

3 行政機関と最高裁の闇取引
なぜ公務員は個人責任を問われないのか
官僚制度の維持に必要な闇取引
合致した「最高裁の利益」と「行政機関の利益」
最高裁判例は東京地裁の判決によって否定された

第5章 最高裁に「安保法=違憲」判決を出させる方法

1 選挙に行くように、裁判しよう
官僚に支配される日本、そして裁判所
日本は本当に「良い国」なのか
原発事故の重大性を忘れてはならない
訴訟の効用はたくさんある
「お客さん」から「探求者」へ
正義の裁判官はどこかにいる
裁判長は飛ばされたが…──裏取引を証明する早ワザ

2 絶望の裁判所から脱出する法
サッカー、裁判、主権実現
確認しよう!裁判の3つの機能
意図的に制限されてきた裁判機能
裁判はこんなに楽しい!

3 フツーの市民が裁判してみたら──巷の人々の裁判体験記
裁判は自分を成長させてくれる

【裁判体験記①】教科書裁判で目的の一つを実現! 奥村悦夫
【裁判体験記②】勝訴ならずも勝ち取ったものは大 山中哲夫
【裁判体験記③】裁判を通して経験した驚きと喜び 木下啓子
【裁判体験記④】裁判は自由で楽しいものだ 渡辺容子
【裁判体験記⑤】公正証書遺言の裁判を経験して 杉本秀司
【裁判体験記⑥】弁護士は水先案内人、船長は本人 髙倉良一

社会の循環を司法が阻害するならば…
おわりに──裁判についての3つの提言

第1章 最高裁が違憲判決を出せない本当の理由

1 黙ったままか、行動するか?

●2016年3月29日…

2015年9月19日未明、安全保障関連法(安保法)案が参議院本会議で可決・成立し、2016年3月29日に施行されました。
これで日本は、〝戦争をしない国〟から〝戦争ができる国〟に根本的に変わったことになります。
今さらいうまでもないことですが、日本には戦争の放棄を謳った憲法9条があります。
戦争の放棄といっても、自国が攻撃されたときには自衛権を行使し、必要最小限の武力で国を守ること(専守防衛=個別的自衛権)はできると考えられます。
自衛権は国際法上認められている独立国の権利であり、自衛隊を存在させている根拠にもなっていました。
つまり、憲法9条は個別的自衛権までは放棄していないというのが、これまでの憲法解釈であり、国民もそれを承知し、自衛隊の存在を認めてきました。
安保法は、そうしたこれまでの憲法解釈を強引に捻じ曲げ、自国が攻撃された場合だけではなく、同盟国など他国の軍隊が海外で戦っているときにも自国の防衛という名目で軍事的な支援ができる「集団的自衛権」の行使までも認められるとして、新しい法律を作り、現行の法律をまとめて改正してしまったのです。
ちなみに安保法とは、他国軍の後方支援という名目で自衛隊を海外に派遣できる新法「国際平和支援法」と、それに関連する改正自衛隊法、改正事態対処法、改正周辺事態安全確保法(重要影響事態安全確保法に名称変更)など10の法律を束ねた「平和安全法制整備法」の二つの法律を指しています。
安保法は成立後に直ちに公布され(2015年9月30日)、そして2016年3月29日に施行されたという次第です。
施行されたのですから、戦争をしている海外の地域にいつでも自衛隊を派遣することが可能になりました(一定の条件はあるものの、時の政権の意向により、いかようにもなる)。
安保法は明らかな憲法違反です。
ほとんどの憲法学者はもとより最高裁判所の長官を務めた山口繁さん(2002年退官)でさえ、「違憲と言わざるをえない」と声を上げているのです。
また、政権内部の〝法の番人〟といわれる内閣法制局の歴代長官たちも、安倍政権が閣議決定した憲法9条の解釈変更を真っ向から批判し、安保法の違憲性を指摘しています。

●門前払いされる違憲訴訟

安保法が成立してから直ちに、「憲法9条に違反しているから無効である」と裁判所に訴える違憲訴訟が相次いで起こされています。
2015年中に提訴されたのはまだ個人レベルでしたが、施行された2016年には憲法学者を中心とした大規模な集団訴訟が起こされる予定です。
安保法の成立についてのメディアの報道は成立前より少なくなりましたが、国民の多くがこの法律を認めたり、あきらめたりしているわけではまったくありません。
違憲集団訴訟は、安保法の成立・施行によって平和に暮らす権利が侵害されたという趣旨で行なわれますが、日々抱くようになった「不安」や「怯え」というのはまさにそういうこと、すなわち「平和的生存権の侵害」にほかなりません。
現実には、違憲訴訟を起こしても裁判所が違憲判決を下す確率は限りなくゼロに近いでしょう。
事実、2015年に起こされた違憲訴訟は、地方裁判所(以下、地裁と表記)においてことごとく「門前払い」となり、控訴しても棄却されています。
門前払い(却下)とは、訴えそのものが審理の対象にならないと判断され、退けられることです。
裁判所は、法律が憲法に違反していないかどうかを判断する「違憲立法審査権」を有しているにもかかわらず、です。
仮に、奇跡的に一審の地裁や二審の高等裁判所(以下、高裁)で違憲判決が出たとしても、最高裁判所(以下、最高裁)で必ず棄却されます。
これは、残念ながら100パーセントの確率です。
なぜでしょうか?その理由を読者の皆さんに知っていただくことこそが本書の一番の使命にほかなりません。

●「惨禍が起ることのないやうに」

●裁判は主権実現の強力ツールだ!


2 「砂川判決」の背景にあったこと

●〝頼みの綱〟砂川判決ってなに?

安保法に関する国会議論の中で、安倍首相をはじめとして政府側がたびたび口にし、安保法の論拠としていたのが、いわゆる「砂川判決」でした。
砂川判決とは、1959年12月に出された最高裁の判決です。
判決文には、「憲法9条はわが国が主権国として有する固有の自衛権を何ら否定したものではない」と明確に示した部分があり、これを政府側は唯一ともいえる合憲の論拠にしているのです。
歴代の政府もこの砂川判決を憲法解釈の拠り所にしていましたが、これまでは個別的自衛権の行使は認められても集団的自衛権の行使までは認められていないという解釈を通してきました。
ところが、第2次安倍内閣は、突如として集団的自衛権まで認めたものであるという解釈に変更し、2014年7月1日に閣議決定してしまったのです。

安倍政権は強引に砂川判決を論拠として持ってきたものの、それが真っ当な議論では論拠に足りえないことは、2015年6月4日に行なわれた衆議院の憲法審査会において、参考人招致された憲法学者3人が3人とも口を揃えて「安保法は憲法違反である」と明言したことからも容易におわかりになると思います。
ちなみに、3人の憲法学者の中には、自民党が推薦した早稲田大学大学院の長谷部恭男教授も含まれています。
自民党が推薦した憲法学者さえも違憲論を唱えたというので、新聞やテレビで大きく取り上げられました。
非常にインパクトのあるニュースだったので、皆さんの記憶にも残っていると思います。
じつは、安倍政権が論拠としている砂川判決そのものも、非常に欺瞞に満ちているものであり、時の政権によって強引に捻り出された憲法違反の最高裁判決といえるのです。
それは、砂川判決が出されるまでの経緯を知れば納得することでしょう。

●憲法と安保条約、どっちがエラい?


●為政者を大慌てさせた「伊達判決」

1957年に、さっそく憲法と安保体制のどちらが優先されるのかという裁判が行なわれました。
米軍の立川基地拡張を阻止するべく立ち上がった学生・市民を拘束し、安保条約(旧条約、本章内は以下同。
1960年に新安保条約に移行)・行政協定・刑事特別法によって起訴した刑事裁判です。
被告となった学生・市民側は、安保条約は憲法9条に違反する等の主張をしました。
1959年3月30日、一審の東京地裁は「安保条約に基づく駐留米軍の存在は憲法9条が禁止する海空軍その他の戦力に該当するものであり、憲法上その存在を許すべからざるものといわざるをえない」と断じました。
そして、駐留米軍を特別に保護する刑事特別法そのものが違憲であるとし、7人の被告全員を無罪にしたのです。
この判決を出したのが伊達秋雄裁判長だったので、通称「伊達判決」といわれています。
時の政府、為政者たちにとってこの判決はきわめて不都合なので、そののちに政権サイドから口にされることはほとんどありません。
そのため、国民の中でも知っている人がだんだん少なくなっています。
伊達判決は裁判官の良心に基づく、きわめて真っ当な判決だったと思います。
しかし、時の為政者たちにとっては逆に、不都合きわまりない判決だったため、大いに慌てました。
そこで国側はどうしたかというと、高裁を飛び越えて最高裁に「跳躍上告」をしたのです。
跳躍上告とは、高裁への控訴を経ずに最高裁に直接上告することで、刑事訴訟法および同規則の中で認められている方法ではあります。
跳躍上告の結果、最高裁はわずか8カ月の審理で逆転判決を下しました。
原判決を破棄し、東京地裁に差し戻したのです。
1959年12月16日、裁判長は田中耕太郎最高裁長官でした。
判決理由の中で、田中裁判長は「憲法9条が禁止する戦力とは、日本国が指揮・管理できる戦力であり、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しない」とし、駐留米軍の違憲性を否定しました。
また、日米安保条約の違憲性については、「高度の政治性を有する」もので、「安保条約が憲法に反するか否かの憲法判断は司法裁判所の審査には、原則としてなじまない」として憲法判断を避けました。
これが、安保法論議の中で私たちが再三耳にした「砂川判決」です。
ちなみに、砂川事件としての差し戻し裁判の結果は、罰金2000円の有罪判決となりました(1961年3月27日、東京地裁・岸盛一裁判長)。
この東京地裁判決の上告を受けた最高裁は上告を棄却し、有罪判決が確定しています。

●憲法が適用されない領域


●「こんな判決はたまらない」──マッカーサーによる圧力

伊達判決に対して国側が高裁を飛ばした跳躍上告を行なった背景には、当時の駐日アメリカ大使・マッカーサーによる圧力があったことが明らかになっています。
2010年4月、砂川判決の元被告や支援者たちによる外務省への文書開示請求によって「藤山大臣在京米大使会談録」が公開され、密談の事実が確認されました(2010年4月3日付東京新聞、毎日新聞等)。
要は、伊達判決の直後に、「こんな判決を出されたらたまらない」とマッカーサーが外務大臣と最高裁長官(砂川判決を出した田中耕太郎裁判長)に対し、跳躍上告によって差し戻すべきだなどと圧力をかけていたということで、跳躍上告もその後の審理もその意向を反映したものだったのです。
砂川判決は、駐日アメリカ大使の意向通りの判決だったといえるでしょう。
「高度の政治性を有し、司法判断をすることが望ましくない」という最高裁の結論は、司法判断を放棄して政治判断に身を任せたものにほかなりません。
いったん司法の名のもとに実質的な政治判断が行なわれると、裁判の場ではこの手法が行政事件、労働事件等にも拡大していくことになります。
いずれにしても、この砂川判決以降、憲法判断の及ばない法律の領域ができてしまったことは、長く裁判官を務めた法律家として、じつに理不尽で悲しい思いをしています。
戦後、ドイツや朝鮮は分断国家になりましたが、日本もまた司法判断において憲法を適用しないという、国家としてのもっとも基本的な行為を否定され、独立国家とはいえない不幸な状態に陥っているといえるかもしれません。

●最高裁の犯罪

ところで、皆さんの中には、砂川判決の経緯に疑問をお持ちの方がいるはずです。
「係争中の裁判に関する情報を裁判官がむやみに関係者に流していいのか」「原告の相手方と裁判長が密談するようなことが許されるのか」当然、許されません。
砂川事件の裁判長である田中耕太郎長官が行なった行為は、明らかな法律違反であり、犯罪なのです。
田中長官は、実質的な裁判の相手方であるアメリカ駐日大使とたびたび密会し、最高裁判決に関わるあらゆる事情を密告しました。
この行為は、国家公務員法違反(信用失墜行為の禁止違反99条、守秘義務違反100条・109条により、1年以下の懲役または50万円以下の罰金)、および背任罪(刑法247条により、5年以下の懲役刑)に問われてしかるべきものです。
もちろん、だれもこの犯罪行為を指摘していません。
処分されることもありませんでした。
それどころか、彼が作った判決文を為政者たちは後生大事にし続け、ついには集団的自衛権の行使まで認めていると曲解し、安保法の成立にまでこぎつけてしまったのです。
私は、今からでも遅くないので田中長官の違法行為を問題にすべきだとさえ思っています。
最高裁のあり方を根本的に正すためには、国民すべてがこの歴史的な違法行為の事実を認識しておかなければならないと考えるからです。
恐ろしいことは、この違法行為は田中耕太郎という個人が犯したのではなく、最高裁という司法の頂点に位置する国家機関が犯したものであることです。
組織が犯した違法行為は、その中で仕事を行なっている構成員も同様に犯しうるということになります。
こうなると、もはや最高裁は法理や正義といったものとは遠く離れた存在になってしまいます。
すべてとはいわないまでも、最高裁は自ら憲法も、その下にある法律をも無視した側面を持っていることは事実です。
安保体制に関してだけではない驚くべき犯罪的事実もあるのです。
具体的には、第2章以降で詳しく明らかにしていきます。

●全裁判官をコントロールするしくみ

安保体制と憲法の話に戻りましょう。
最高裁は、砂川判決において「安保体制に対して憲法判断は高度の政治性によってできない」と判断し、その判例が今日まで揺らぐことなく生き続けてきました。
しかし、裁判官によっては、個々の裁判において伊達判決と同様に違憲判決を出さないとも限りません。
実際、長沼ナイキ事件における札幌地裁の福島重雄裁判長は、違憲判決を下してしまいました。
〝しまいました〟という語尾を使ったのは、最高裁サイドに立つと、とんでもない判決だからです。
当然、時の政権やアメリカ側から「もうこういう判決が出ないようにしてくれ」という政治的圧力が最高裁に向けられたことは容易に想像がつきます。
最高裁自身も「これはなんとかしなければ」と思ったことでしょう。
そして、考えたのは個々の裁判官の統制です。
違憲判決が二度と出ないように、家裁・地裁から最高裁までの全裁判官をコントロールするしくみを作ったのです。
しくみといっても、公に目に見える形ではできません。
裁判官は権力によって支配されないように憲法(78条)によって身分が保障されていますし、憲法と法律以外のものに統制されてはならないという憲法の条文(76条3項)もあるからです。
念のため、後者の条文を引用しておきましょう。
「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」憲法にこう定められている以上、最高裁が裁判官をコントロールしていることが世に明らかになったら、「最高裁自らが憲法違反をしている」として、国民の信頼はいっぺんに吹き飛んでしまいます。
現実には最高裁による裁判官コントロールは行なわれています。
このことはもはや隠しようがない事実といえるほど、多くの裁判官経験者が著書等を通して明らかにしています。
じつは、裁判官コントロールは裁判に関係したことが一度でもある人の間では、もはや自明のことになりつつあるのです。
その結果、「ヒラメ裁判官」なる言葉が生まれ、巷に広がってしまいました。
「ヒラメ裁判官」とは、自分をコントロールする〝上〟ばかりを見ている裁判官のことです。
上司の顔色を見て行動するサラリーマンと同じです。
「良心に従って独立して職権を行使し、憲法と法律以外には拘束されない」という憲法の定めはどこに行ってしまったのでしょうか……。
最高裁に限らず、日本の裁判所は歪み始め、今日に至っては放置できない段階に来ています。
裁判所だけではなく法務省や検察庁も含めた司法全体がひどく歪んでいます。
安保法はそうした異常な司法の状況の中で成立し、施行されたことを私たちは頭に入れておかなければなりません。
ただし、何度も強調しますが、絶望してはいけません。
絶望とは、前述のとおり、とことん真実を追究しないことから生ずる中途半端な心理状態です。
本書では、真実を追究したあとで、絶望の中に一筋の光明を見いだしていただけると信じています。

第2章 日本人が裁判嫌いになったワケ

1 ちょっとヘンな日本の裁判

●裁判沙汰にはなりたくない!

皆さんは「裁判」というものについて、日頃どんな印象を持っているでしょうか?できたら生涯無縁でありたい、裁判沙汰にはかかわりたくない、裁判所の門はくぐりたくない……きっとこのような答えが返ってくるのではないでしょうか。
裁判官として22年にわたって裁判を行なってきた私としては、こうした皆さんの反応にはやや複雑な思いもよぎるのですが、皆さんが直感的に裁判の当事者になりたくないという印象を持っているのはやむをえないことだと思っています。
なぜなら皆さんが裁判を嫌う気持ち、遠ざけたいと思う意識は、もともと時の為政者たちが意図的に植え付けてきたものなのです。
たとえば「裁判沙汰」という言葉は、裁判を毛嫌いし、遠ざける言葉としていつの間にか人々の意識の中に浸透してしまいましたが、時の為政者たちにとって、これは大変都合のよい言葉にほかなりません。
いつ、だれが、どのように植え付けたかはわかりません。
証明のしようもありません。
したがって、これは私の推測でしかありませんが、日本における裁判の実態を見れば、容易に想像がつきます。
そのことは、本書を読み進めていただければ、おそらくどこかで納得していただけるものと思います。
結論的にいえば、裁判というのは為政者たちにとっては歓迎せざる国のしくみなのです。
一つはごく単純に、量的な問題があります。
みんなが裁判を身近に感じ、どんどん訴訟を起こしたら日本の裁判機能はパンクしてしまうのではないかという問題です。
日本の裁判官の数は、欧米の先進国に比べて極端に少ないのです。
人口10万人に対して裁判官が何人いるかというデータで比べてみましょう。
アメリカ10・12人、ドイツ25・31人、フランス8・89人、イギリス6・45人、そして日本が2・31人、簡易裁判所の判事を含めても2・95人です(『裁判所データブック2014』最高裁判所事務総局編、法曹会)。
「では裁判官の数を増やせばいいのでは」という声が上がると思いますが、右記のような事情で、裁判官を増やそうなどという発想は為政者たちからは出てくるはずがありません。
裁判件数を量的に制限しておくことにより、裁判のハードルを高くしたままのほうが好都合に決まっています。

●国民を裁判から遠ざけるために…

●一市民としての大いなる疑問

●諸外国にはあって、日本にはない「憲法裁判所」


●なぜ憲法裁判所を作らなかったのか──アメリカの配慮

憲法裁判所の有無について、日本では現在の憲法が制定された当初から今日までほとんど議論されていませんが、私は非常に重要な問題だと考えています。
当時、日本という国は「井の中の蛙」でした。
世界を知らない井の中の蛙に対して、終戦後の日本を統治していたGHQ(連合国最高司令官総司令部)が「民主化された新しい憲法案を作りなさい」と為政者にボールを投げたのですが、出てきたのが明治憲法の焼き直しのような案でした。
GHQがそれを認めるはずもなく、結局はGHQが草案を作り、日本政府内の議論を経て制定されたのが現在の日本国憲法です。
GHQの中心はアメリカですから、草案の内容にアメリカの都合が表れるのは必然の成り行きでしょう。
アメリカ合衆国憲法には、憲法裁判所の設置規定はなく、通常の裁判所が違憲審査権を有しています。
単純に、合衆国憲法に倣って日本に憲法裁判所を置かなかったというわけではないとは思いますが。
理由の一つには、国民主権を強大にしすぎないという配慮があったものと考えられます。
その背景にあったのは東西対立です。
日本国憲法の草案が議論されていた当時の世界情勢は、まだ東西対決の緊張(冷戦)が発生している状態ではありませんが、アメリカはやがては起こりうると読んでいたはずです。
東西対立が緊張関係に発展した場合、西側のアメリカにとって日本は戦略的に重要な位置にありました。
国民主権を強大にしてしまえば、憲法を盾にした戦争反対論が沸き上がり、アメリカにとって大変不都合な事態になるのではないかという想像は容易につきます。
日本に憲法裁判所がないのは、このことがもっとも大きな理由だったと私はとらえています。
この配慮は、戦争放棄を謳い、国民主権の民主的な国家のしくみを組み立てた日本国憲法とは矛盾しています。
矛盾していることは承知のうえで、GHQは現実の世界情勢に鑑みながら、国民主権をある程度制限した現憲法の草案を作らざるをえなかったのです。
やがてこの理由は、日本国憲法公布から13年目の砂川判決につながっていきます。
砂川判決は、安保条約の違憲性について「高度の政治性を有するものは、憲法に反するか否かの憲法判断は司法裁判所の審査にはなじまない」として憲法判断を避けましたが、この「統治行為論」は、憲法草案を議論する過程で原型が固まっていたといえるでしょう。

●もし、日本に憲法裁判所があったら…


●行政訴訟が無力化した出発点

日本国憲法が公布される前、憲法改正にともなう法体系を整備するために司法法制審議会が設置され、法案要綱の作成を急いでいました。
これは日本側の組織ですが、当然、GHQとの調整も必要になります。
そんな中、GHQと意見がなかなか合わなかった件の一つに行政法があります。
GHQ側は、行政訴訟について通常の民事訴訟とは別個に特別な法律を設けることに関して消極的でした。
アメリカでは行政訴訟も通常の民事訴訟として裁判されていたからです。
大日本帝国憲法のもとでの日本では、行政裁判所が設置されており、民事訴訟とはまったく異なる裁判がなされていました。
じつはこの頃、GHQ内部に意見対立があったのですが、当初は、GHQ内の日本を民主化しようとするリベラル勢力だった民生局(GS)の意向が優先され、日本国憲法のもとでは通常の裁判所が民事裁判の枠の中で行政裁判も行なうことになりました。
ところが、ある訴訟の経緯によって、GHQ内で日本を反共の砦にしようとする勢力、参謀第2部(G2)の力が強くなり、GHQの姿勢が一転したのです。
結局、GHQは行政訴訟に関する特別法の制定について積極的になり、行政事件訴訟特例法が制定されたという経緯です。
ある訴訟とは、一般にはあまり知られていませんが、法曹界ではよく知られている「平野事件」のことです。
すでに日本国憲法が施行されている1948年のこと、日本社会党(前年の衆議院選挙で第1党になり、片山内閣が誕生していた)の平野力三農林大臣が、公職追放の該当者に指定されたことを不服とし、内閣総理大臣を相手方として、東京地裁に対して指定の効力停止の仮処分を申請したのです。
平野大臣が内閣官房長官と対立していたことが背景にあったようですが、そこにはGHQの意向があったものと推測されます。
この訴訟を受けた東京地裁はいったん、仮処分申請を認容する決定を出しました。
しかし、この決定にGHQが直ちに異議を唱えたのです。
日本の司法改革についてGHQ側の中心人物だったオプラーが、最高裁判所民事部長および渉外課長に、東京地裁は本件仮処分決定を取り消すべきであるとの最高司令官の指令を伝達し、結果、東京地裁はその日のうちに仮処分決定を取り消し、申請を却下してしまいました。
戦後の日本を統治していたGHQの力は、当然のことながら絶大だったのです。
この平野事件を契機に、GHQは行政訴訟に対する考え方を変え、特別法の制定を認めたというのが事の次第です。
すでにお気づきだと思いますが、平野事件の経緯は、10年後に出された砂川判決の経緯にそっくりです。
戦後日本の司法改革は、そのほとんどが当時の実質的な統治者だったGHQの意向が反映されたものであり、国民主権よりも統治者にとって都合のよいものになっているといえるでしょう。

●行政訴訟がほとんど敗訴するカラクリ

このときに制定された行政事件訴訟特例法は、行政機関に非常に有利な裁判ができる法律として機能しているのが実情です。
これはまさしくGHQの意向が反映されたもので、統治行為が主権者たる市民の訴えによって否定されることは、GHQにとっては不都合きわまりないこと、あってはならないことだったのです。
行政訴訟は、訴訟条件としての原告適格性、行政処分性、訴えの利益などが厳格に決められ、中身の審査に入る前に門前払いになるような構図になっています。
訴えられる行政機関側に手持ち証拠の開示義務がないので、原告となった主権者である市民は、証拠を手に入れる手段が著しく制約されることになります。
したがって、訴えを立証することができずに、敗訴するのが常です。
このように、行政裁判をやりにくくすることで、たとえ市民が行政機関や公務員に対して行政訴訟を起こしても、行政機関や公務員が負けることがありません。
本来、行政機関や公務員に対する裁判は、行政の誤りを正し、主権者である国民・市民が主権を実現するために不可欠の重要な裁判です。
ドイツにおける行政訴訟は年間およそ50万件ありますが、日本では年間わずか2000件程度です。
日本では、国民・市民が「勝つわけがないから」という無力感が先に立ち、だれも訴訟を起こそうという気持ちにならないのです。
事情を十分知っている弁護士も、代理人になろうとはしません。
日本の2000件中、主権者である国民・市民の勝訴は1割程度です。

●公務員不正の温床とは?──公務員個人はその責任を負わない

公務員が不正を行なった場合にその責任を問う国家賠償訴訟についても、おかしな面があります。
憲法は、公務員の不法行為によって国民の権利が侵害されないよう、17条で国家の賠償責任について規定しています。
「憲法17条何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる」この憲法の規定を受けて、1947年に国家賠償法が制定されましたが、公務員個人が被害者に対して不法行為責任を負うか否かを規定しませんでした。
しかし、公務員の個人責任は追及できないとも規定していません。
ところが、最高裁は国家賠償訴訟に対する初めての裁判で「公務員個人はその責任を負わない」(1955年4月19日第三小法廷判決)とし、組織のトップの管理責任だけを認めているのです。
以降、最高裁はこの判例を踏襲し続けており、その結果、公務員の不正が後を絶たない最悪の状況ができあがりました。

2 歪んだ司法を作った2人の最高裁長官

●GHQへおもねった裁判官

●変節の第3代長官・横田喜三郎

●やっぱり最高裁長官になりたい!

●自らを正当化する方法

●ヒラメ裁判官作りのアメとムチ

裁判官コントロールとヒラメ裁判官作りは、元はといえば、田中と横田が〝御身大切〟の発想から編み出したものだといってもよいでしょう。
もちろん、この方法は裁判官の独立性を定めた憲法76条3項に違反するので、おおっぴらに実行することはできませんし、文書に残すようなこともできません。
すべては、最高裁長官という立場をフルに使い、巧妙に築いていったしくみなのです。
ヒラメ裁判官作りの武器は、サラリーマン社会と同様に出世(アメ)と左遷・降格(ムチ)です。
「おまえはクビだ!」などとは、さすがに口が裂けても言いませんが(裁判官の身分を保障した憲法78条違反になる)、サラリーマン社会でもあるように、真綿でクビを締めるような方法はいくらでも行なわれます。
裁判官コントロールやヒラメ裁判官作りには、お金も必要になります。
ターゲットとなる裁判官個々人に渡すおカネではありません。
周辺をがっちり固めるためのお金、〝必要経費〟です。
たとえば、ヒラメ裁判官作りは憲法に違反する行為ですから、その内実を暴露されたら困ります。
そこで、関係する周囲の機関や個人を懐柔しておく必要があります。
つまり〝懐柔費〟という経費が必要になります。
しかし、そういうことに使えるオモテのお金があるはずもありません。
ではどうするかといえば、答えは一つしかありません。
ウラ金です。
かくして、本書で皆さんに明かす最高裁のウラ金作りが始まったのです。
ウラ金作りの実態は、第4章で詳しく解説します。
次の節では、実際に裁判官を務めてきた私自身の体験と、弁護士になってからの体験を交えながら、日本の裁判所の実態をご報告します。

3 裁判官たちの、悩み・葛藤・涙

●違憲判決は命がけ

●陪席裁判官が恐れるもの


●ヒラメ化を拒絶し続けた裁判官はどうなったか?

私より8年ほど前の1962年に裁判官になり、1998年に退官した安倍晴彦弁護士が、退官3年後に『犬になれなかった裁判官』(NHK出版、2001年)という著書を上梓されました。
題名は、ご自身のことを指しています。
「犬」とは、言い換えれば「ヒラメ」です。
ヒラメにはなれなかった、いや、ならなかった裁判官の一人です。
安倍さんは、まだ若く駆け出しだった頃の1968年3月に、和歌山地裁管内の妙寺簡裁において戸別訪問禁止規定に関する公職選挙法違反の刑事事件を担当しました。
戸別訪問の禁止規定が憲法に違反するかどうかを審理する憲法裁判ではありますが、簡裁なので裁判官は1人です。
この裁判で安倍さんは、迷いなく「公職選挙法の戸別訪問禁止規定は違憲であり、21条1項(表現の自由)に違反する」として違憲無罪判決を出したのです。
駆け出しの裁判官が予想に反して最高裁の判例(1950年10月25日の合憲判決)に則さない違憲判決を書いたということで、この事件の関係者は元より全国の裁判官やマスコミの注目を集めました。
安倍さんは別の選択肢も含めていろいろなことを考えたようですが、判決文を書く段になると、良心に従って「ごく平静に、自分の思いを自然にスラスラ書いた」(同書)そうです。
しかし、この判決文を書いたとたん、安倍さんの裁判官人生に逆風が吹き続けることになるのです。
一つは、直後から裁判官仲間の接し方が冷たくなり、時には「用もないのに話しかけないでください」とあからさまに避けられたといいます。
もう一つは、差別的処遇です。

安倍さんは、高裁以上の裁判官を経験していません。
定年で退官するまで、各地の家裁、簡裁、地裁を回っています。
昇給も、他の裁判官のようには上がっていきません。
すべては、最高裁の統制です。
普通の会社なら、左遷と肩たたきでリストラされるところですが、憲法で身分を保障されている以上、さすがに最高裁とて表立ってはできません。
冷遇され続けた安倍さんは、それでも良心に従った裁判をし続け、定年までその姿勢を貫き通しました。
最高裁との闘いに怯むことなく──。

●最高に嬉しかった瞬間

●私の22年間の裁判官人生

●徹底的に鍛えられた大阪高裁時代

●右陪席で悩み苦しんだ私の体験

●尊敬する裁判長の出世の道を閉ざせるのか?


第3章 最高裁はこうして統制・支配する

1 最高裁が監視する「報告事件」の実態

●裁判官から弁護士に転身して見えてきたこと


●驚き、呆れ、憤った、ある裁判

弁護活動を行なっていてもっとも驚き、呆れ、憤りを感じた事件の一つを紹介しましょう。
弁護士事務所を開業してから、すでに十数年の月日が経っていた頃の話です。
この頃になると、私はいつの間にか権力に屈しない弁護士として世間で知られるようになっていました。
そのためか、地元からの依頼より全国各地からインターネット等を介して依頼されるケースが増えていました。
現在もそちらのほうがずっと多い状況です。
紹介する事件は、岡山県でガソリンスタンド数カ所を経営する2社から共同依頼された民事訴訟です。
岡山の会社がなぜ香川の私に代理人依頼をするのかというと、察するに地元の弁護士はだれも引き受けてくれなかったからでしょう。
地元・香川県以外の依頼人は、ほとんどが同様に「地元には受けてくれる弁護士がいない」という事情によるものです。
訴訟の相手方は、エクソンモービルの日本における事業主体、エクソンモービル有限会社(当時)です。
エクソンモービルは、アメリカに本社を置くワールドワイドな国際石油資本、いわゆるスーパーメジャーと呼ばれる巨大企業です。
これほどの巨大企業が相手となると、厳しい闘いを続けていく覚悟が必要です。
ガソリンスタンドと供給元の石油会社の間では、仮にスタンドにとって理不尽な取引が行なわれたとしても、裁判にまで訴える例はありませんでした。
したがってこの訴訟は、全国のガソリンスタンドの注目を集めました。
訴えは、エクソンモービルが契約通りにガソリンを供給していない状況があり、契約を履行すべく取引の改善を求めたもので、裁判は東京地裁で行なわれました。
訴えそのものは、それほど難しいものではありませんが、相手方がスーパーメジャーであるという点で困難を極めることは容易に予想できました。

●原告勝訴を確信した後に…

私は、相手がビッグだろうと何だろうと、相手方によって怯んで代理人依頼を断るようなことはしません。
むしろ「だれも引き受けてくれない」と言われれば、何とかしてあげたいと、いっそう闘志が湧いてきます。
このエクソンモービルの件は、膨大な証拠資料を集め、勝ち筋を探り、「勝てる」という確信を得て東京地裁の審理に臨みました。
裁判は私の思惑通りに進んでいきました。
相手方は私の厳しい理詰めの追及に対抗できる根拠を失っていきました。
およそ2年かかったでしょうか、あと1回の審理で結審し、その次に判決という段階で私は依頼人である原告にこう断言しました。
「あと1回で結審します。
勝訴は間違いありません」希望的観測で言ったわけではありません。
私の裁判官経験を基礎に、裁判長が原告勝訴の結論に傾いていることがはっきり読み取れていたのです。
私は通常、依頼人に対して判決の予想を話すことはあまりしません。
予想が覆ることは普通の裁判でもあるからです。
しかし、このときはかなりの確信を持っていたので、あえて話したのです。
裁判がそのまま正常に行なわれていれば、予想が覆ることはありえません。
ところが「あと1回の審理」から、正常な裁判が突然、異常な裁判に変わったのです。

●こんなことがあるのか!──判決直前に裁判官が交替

最後の審理の当日、「こんなことがあるのか!」と目を丸くする事態が起きました。
それは、3人の裁判官がいつものように入廷してきた瞬間でした。
なんと裁判長も、2人の陪席裁判官も、前回までの裁判官ではなく新しい裁判官に替わっていたのです。
裁判長は戸惑う私たち原告側に目もくれず、裁判官が交替した旨だけ一言伝えると開廷を告げました。
仕組まれた最終審理でした。
裁判の流れがはっきり原告勝訴に傾いていることをつかんだ最高裁が統制の手を入れたのです。
これほどあからさまな統制は初めてでした。
途中で裁判官が交替するというのはありえないことではありませんが、次が判決公判となる最終審理で裁判官全員がそっくり替わる事態は経験したことも、聞いたこともありません。
この裁判官全員交替に抗議するすべはありません。
裁判所の意図が一瞬でわかった私は、敗訴の判決を待つしかなくなりました。
最高裁が「この裁判、原告を勝たしてはならない」と判断した以上、訴えは棄却されることになります。
ただし、最高裁が「勝たしてはならない」などと当該裁判官に対して具体的に指示することはありません。
表立って憲法違反になるようなことは、さすがにしないのです。
急きょ担当にされた裁判官、とくに裁判長が交替の意味を斟酌し、自ら判断して訴え棄却の判決を書きあげます。
交替した裁判長は、これまでの審理記録を熟読します。
読み進めれば、「これは生田の勝ちだわ」と判断するでしょう。
裁判官ならだれでも同じ結論に導かれるはずです。
そして、こう結論づけます。
「だから、判決直前に裁判官を交替させたのか。
これは生田が負ける判決を書くしかないな」と。
後は、なんとか理屈を組み立て、原告敗訴の筋道を強引に作るだけです。

●東京地裁はなぜ判決を逆転させたのか

「裁判官は良心に従い、独立してその職権を行ない、憲法と法律のみに拘束される」という憲法76条3項の規定は、いったいどこへ行ってしまったのでしょうか。
交替される前の裁判官は、良心に従い、憲法と法律のみに基づいて判断し、原告の主張を認めようとしていたわけですから、まさしく正義の裁判官です。
それがダメだという根拠はどこにあるのでしょうか。
憲法や法律に根拠を探しても、あるはずがありません。
あえて根拠を探せば、砂川判決の「高度の政治性」ということになるのでしょう。
前述したように、この裁判は全国のガソリンスタンドが注目していました。
もし、原告勝訴なら、エッソ、モービル、ゼネラルのブランドで営業している全国のガソリンスタンドから同様の裁判が相次ぐことが予想されます。
訴訟の相手方は日本の会社ですが、実質的にはアメリカに本社を置く巨大企業、エクソンモービルが相手です。
東京地裁で判例ができれば、その後に相次ぐであろう訴訟において、少なくとも一審では同様の判決が次々に出され、エクソンモービルが日本の市場から排斥されることにもなりかねません。
となると、この裁判の広がりが日米関係に重大な影響をもたらすことになります。
最高裁にとって、日米関係に悪影響を及ぼす展開は捨て置けない事態なのです。
このとき、アメリカや日本政府からの圧力があったかどうかはわかりません。
あってもなくても最高裁は「あのまま原告勝訴に持ち込んではならない」と判断します。
こうした判断は、田中耕太郎第2代長官や横田喜三郎第3代長官の時代からずっと継承されてきているのです。
こういう裁判の結果を受ける会社や市民は気の毒です。
当時の私の依頼人たちは、判決直前まで明るい将来を見通したと思いますが、最後の大逆転で奈落の底に追いやられたのですから、たまらないでしょう。
依頼人には事情をよく説明しましたが、納得するはずもありません。
「先生は勝てると言ったじゃないですか!」と責められ続けました。

●最高裁が監視している「報告事件」

エクソンモービルの件は、最高裁による極端な裁判官統制の例です。
裁判官統制の実態については、むろんよく知っていましたが、弁護士として自分が関わった民事訴訟において、あからさまな統制に遭遇したのは初めてです。
念を押しておきますが、日本の裁判のすべてがこうした異常な監視と統制の中で行なわれているわけではありません。
監視と統制のターゲットになるのは、最高裁が重要ととらえた裁判です。
これを裁判所内部では「報告事件」と称しています。
行政事件、国家賠償事件、社会的注目を浴びた顕著な事件などがそれに当たります。
分野でいえば、「行政」「金融」「医療」「原発」に関することは押しなべて「報告事件」になります。
安保法に対する違憲訴訟のように、法律の違憲・合憲が争われる裁判も当然、報告事件になります。
報告事件については、担当裁判官からではなく、担当書記官や書記官の上司から最高裁事務総局の民事局や行政局に直接、裁判の進展状況が逐一報告されます。
書記官からの詳細な報告で、最高裁は当該事件に対する内容や裁判の経過、裁判官の裁判態度、勝敗の帰趨など、あらゆることが把握できます。
そして、勝敗の帰趨を最高裁が好ましくないと判断すると、判決の直前であっても当該裁判官を交替させるという手段に出るわけです。
ここまで来ると、もはや正常な裁判とはとてもいえません。
裁判官の独立性などなきに等しくなります。
欧米の先進国ではありえない日本の恥ずべき裁判の実態です。
異常な裁判の犠牲になるのは、当事者として権利を侵害され、不利益を被っている普通の市民です。
裁判にかければ自らの正しさを証明してくれると勇気を奮い、金銭的・時間的な犠牲を払って訴えを起こしたのに認められないとなると、もう手段は尽き、不利益をそのまま受け入れて生活していかなければなりません。
ひたすら世の中の不条理を感じ、無力感に襲われ、希望を持って生きていくことができなくなります。
裁判所への信頼などは一挙に崩れ去り、二度と裁判を起こすことはなくなることでしょう。
主権者が主権実現の手段を奪われ、主権行使の意欲を失う。
私はこのことを一番恐れています。

2 冤罪はこうして生み出される

●冤罪を作る刑事裁判の異常

異常な裁判によって犠牲になる当事者の悲劇は、刑事裁判でも起こります。
刑事裁判の場合は、冤罪という結果を生みます。
冤罪は、裁判所が当事者の人生を破壊してしまうものです。
罪を犯してもいないのに、身柄を拘束され、自由に生きる基本的人権を奪われるのですから、湧き起こる絶望感は筆舌に尽くしがたいものがあります。
冤罪まで生まれる刑事事件における異常な裁判は、行政権に属する検察や警察とのもたれ合いによって起こることが多々あります。
これは報告事件における最高裁の直接的な統制とは異なりますが、根っ子のところではつながっています。
一つは、ヒラメになった裁判官が「公務員は個人責任を負わない」とした最高裁の判例(最初の判例が1955年〈第2章参照〉。
その後、72年および78年にも同じ判例が出ている)を無批判に踏襲し、仮に警察官や検察官による証拠のねつ造や改ざん、自白の強要などがあったことが明白であっても意図的に目をつぶってしまうことです。
もう一つは、同判例に関連しますが、最高裁自身にウラ金作りという違法な行為が常態的に行なわれており、その事実を行政が指摘しない代わりに行政の違法性も裁判で指摘しないという暗黙の取引、いわば〝闇取引〟が行なわれていることです。
ヒラメ裁判官は、そうした闇取引を暗黙のうちに了解し、自ら最高裁の声なき声に従っているのです。
後者の問題については、4章で詳しく述べます。

●〝異例中の正常〟村木厚子さん無罪判決

●異常の極致!?高知白バイ事件

●出来レースの刑事裁判

●豹変した味方──再審の見通し立たず

●不可解なことが多すぎる…


●冤罪の温床となる判検交流

「判検交流」という言葉をご存じでしょうか。
司法関係者なら常識となっている言葉ですが、一般の市民の方々にはなじみがないことでしょう。
判検交流とは、「判事・検事の人事交流」を略した言葉で、裁判所と法務省の間で行なわれている制度です。
ただし、制度としての法的な根拠はありませんので、「慣習」といったほうがよいでしょう。
わかりやすく説明すると、判事(裁判官)が法務省に一定期間出向して検事(検察官)の仕事をし、検事が裁判所に出向して判事の仕事をするということです。
司法と行政は本来、職務上独立した機能であるべきなのですが、両者が互いに人事の交流をしているということは、独立ではなく一体化して職務を行なっていることになります。
初めて知った方は、「変だ」と思うことでしょう。
変なのです。
まったくおかしい慣習なのですが、昔から行なわれており、すでに半世紀くらいの〝歴史〟があるようです。
司法と行政の一体化と書きましたが、換言すれば「癒着」です。
たとえば、民事訴訟や行政訴訟で当事者となる行政側の代理人を「訟務検事」と呼びますが、訟務検事は裁判所から出向している裁判官が務めることが多くあります。
そのまま転籍して検事のまま職務を続ければ問題はないのですが、あくまで出向ですから再度裁判官として戻ってきて、裁判官として行政事件を担当します。
なかには、再度訟務検事に出向して、再々度裁判官となる者もいます。
このように、裁判所の所属なのか、法務省(行政庁)の所属なのかがわからない裁判官が、行政庁に有利な裁判をすることは目に見えています。
刑事裁判だったらどうなるでしょうか。
判検交流は、民事・行政訴訟に限りません。
刑事裁判で、検察庁から出向してきた検事裁判官が裁判をすれば、検察に有利な審理を行ない、有利な判決を下すことは普通に考えれば十分にありえます。
同じ身内、同じ仲間同士が裁判官と検事に分かれて裁判をするのですから、まるで茶番です。
検察に有利な判決とは、有罪になるということです。
ここに冤罪を生む構図の一つがあります。
判検交流は冤罪の温床となるのです。

●そして判検交流は脈々と続いていく


3 これが〝優秀〟な裁判官だ!

●〝例外裁判官〟急増中!

●〝優秀〟すぎる所長の秘密

●最高裁にとって「優秀な裁判官」とは?

●「黒字」の裁判官、「赤字」の裁判官

●徳島ラジオ商殺し事件の思い出

●こんな判決文を書く裁判官がいるのか!

●再審を決定した裁判長のつぶやき──再審請求が認められない理由


第4章 告発!最高裁がひた隠す裏金問題

1 最高裁の莫大なウラ金作り

●「裁判官の報酬等に関する法律」の特異性

人間社会において、相手方を困らせて意のままに動かすもっとも効果的な方法は、相手方の糧道を断つことです。
裁判官にとっての糧道は、その仕事による報酬です。
裁判官の報酬については、「裁判官の報酬等に関する法律」(昭和23年7月1日公布)で定められています。
全文11条のきわめて簡略な法律です。
同法には、裁判官が受ける報酬の号、または報酬月額は、最高裁が定めると規定しています(第1~3条、11条)。
要するに、どの裁判官が何号のランクでいくらの月額報酬を受けるかは、すべて最高裁(事務総局)が決めてよいというわけです。

第1条裁判官の受ける報酬その他の給与については、この法律の定めるところによる。
第2条裁判官の報酬月額は、別表による。
第3条各判事、各判事補及び各簡易裁判所判事の受ける別表の報酬の号又は報酬月額は、最高裁判所が、これを定める。
第11条裁判官の報酬その他の給与に関する細則は、最高裁判所が、これを定める。

同じ公務員でも、国家公務員法が適用される一般職(裁判官は特別職国家公務員)の報酬については「一般職の職員の給与に関する法律」(昭和25年4月3日公布)によって細かく定められています。
こちらの法律では、客観性を有する第三者機関、すなわち人事院が俸給表の適用範囲など細かな実施基準を決めることになっています。
法律の条文も、裁判官の場合と違って全25条ですから、かなり詳細です。
「裁判官の報酬等に関する法律」は、最高裁が意のままに報酬を決めることができる特異な法律といえるのです。
次ページに同法2条に定める報酬月額の「別表」最新版を掲げます。

●「裁判官の報酬」は最高裁が決める

「裁判官の報酬等に関する法律」の第3条は、非常に大きな意味があります。
すなわち、「各裁判官が受ける報酬の号または報酬月額は最高裁判所が決める」と、最高裁の裁量が最大限に認められているのです。
ある意味、〝やりたい放題〟ともいえます。
実際に最高裁が裁量のターゲットにしているのは、3号以上の裁判官です。
4号までは、いわば機械的に定期昇給した報酬を受けています。
任地、職務などによって差別的な処遇を受けることはあっても、給与そのものについては経験年数に応じてほぼ同列の扱いになっているのです。
しかし、4号から3号に上がる段階で差が出てきます。
通常は、任官から21年経つと3号に上がるのですが、人によってはそれより1年経っても2年経っても上がらないというケースが出てきます。
1章で紹介した『犬になれなかった裁判官』の著者・安倍晴彦さんは、同期の最初の昇給時期から5年半も遅れて3号になったと述懐しています。
3号になったからといって安心してはいられません。
一向に2号に上がらない裁判官が次々と出てきます。
徳島地裁時代に当時の安藝裁判長が「私は3号からなかなか上がらないんだよね。
同期はみんな上がっているのに」と、私に嘆いていたがごとくです。
私自身は3号になってからすぐに退官したので、その悲哀は味わっていないのですが、そのまま裁判官でいたら、どうなっていたかわかりません。
ずばりいえば、最高裁は報酬月額ランクにおける3号以上に該当する裁判官、つまり任官から21年経過相当の裁判官について、最高裁の意向に積極的に協力する度合いに応じて決めているのです。
これは、「裁判官の報酬等に関する法律」の悪用といってよいでしょう。

●意に沿わなければ、糧道を断つ

昇給の実態をざっと示せば、次のようになります。
任官から20年を経て、21年目に当たる4号の裁判官のうち、約3分の1(21年目の裁判官が90人いるとして、そのうちの30人)を最初の21年目に3号に上げます。
22年目に次の30人を3号に上げます。
残りの30人は、3年ないし10年内に順次上げ、5人ほどは終生3号にはせず4号のままとなっています。
3号、2号についても、それぞれ2年後ごとに、4号から3号に上げるのと同様の方法を取って2号、1号に上げています。
つまり、最高裁にもっとも従順で積極的に協力する裁判官が1号の裁判官になり、地裁の所長になり、そして全国8カ所の高等裁判所長官、さらには最高裁判事になるというしくみです。
なお、裁判官報酬3号以上でなければ合議体の裁判長にはなれません。
裁判所内における会合等の座席は、裁判官報酬号1号からの順位となるので、だれが何号かお互いにほぼわかります。
しかし、1年後、2年後にその席順がどう変わっているのかは、だれにも予想できません。
予想できるのは、最高裁事務総局だけです。
その実質的な基準が、最高裁に従順であるか、積極的に協力する意思があるか否かなのですから。
たとえば、最高裁の判決を否定するような再審決定の判決を出したりすると、順位は下がっていきます。
順位が下がるということは、他の裁判官が上の号にどんどん進んでいるのに自分だけが同じ号のまま止まっている状況です。
そのことにより、相対的に報酬月額のみならず年収にも大きな差がつきます。
裁判官にも会社員のボーナスに当たる期末手当が出ますが、期末手当も報酬月額を基準とするので、おのずと年収に大きな差が出るというわけです。
さらに、退職金や年金なども含めて生涯収入で計算すると、1億円を超える差にもなってくるでしょう。
この状況こそが、いわば「糧道を断つ」という方法なのです。
最高裁の意に沿うか沿わないか、言い換えればヒラメ裁判官になるか良心に従う正義の裁判官になるかで億単位の差が出るとしたら、正義の裁判官を選択しづらいのが人の本音なのかもしれません。
本来、「裁判官の報酬等に関する法律」に「裁判官の受ける報酬の号は最高裁がこれを定める」とあるのは、恣意的運用を許すためなどではないはずです。
3号に必要な要件があるのであれば、その要件を明文化し、それに該当する4号者を3号に上げると規定すべきであり、その基準を裁判官に公表するのが筋でしょう。
しかし、そのような公正な手段を取ったのでは、裁判官を最高裁の統制に服従させることができません。
そのため、3号該当者基準を明らかにせず、裁判官が最高裁の顔色を窺うようなしくみにしたというのが実情なのです。
後述するように、私は2009年(平成21年)4月に最高裁に対して、また同年7月に会計検査院に対して、この「3号問題」を含めた情報公開を求めましたが、両者とも結果的にはゼロ回答です。
また、2007年8月に上梓した拙著『裁判が日本を変える!』でもこの問題を詳しく書きましたが、それに対する最高裁からの異議もまったくありません。

●ウラ金作りの源泉

先に、21年目で4号から3号に上がるのは4号裁判官の3分の1であること、また3号から2号、2号から1号への昇給も同様であることを指摘しました。
じつは、これが非常に重大なことなのです。
なぜなら、ここに最高裁によるウラ金作りの根拠があるからです。
前述のように、会計検査院も最高裁も、私の情報公開請求に対して答えていないので、私の推測にはなりますが、裁判官歴22年の経験(裁判所内における裁判官同士の会話なども含む)によって、これが事実であることに確信を持っています。
第一、私の情報公開請求に対してほとんど門前払いしていること自体、推測が事実であることを物語っているといえるでしょう。
情報公開請求の顛末については、次節で詳しく紹介します。
ウラ金作りの根拠について、具体的に示しましょう。
最高裁から下級裁判所まですべての裁判所にかかる予算は、当然のことながら国家予算から配分されます。
2014年(平成26年度)は3110億5800万円、2015年(平成27年度)は3130億9700万円です。
このうち、もっとも大きな割合を占めるのが、裁判官の報酬を含む人件費で、毎年およそ84%となっています。
この予算における人件費は、たとえば4号報酬の裁判官全員が裁判官21年目に3号に上がることを前提に組まれています。
そこで、先に指摘した、「3号から4号に上がるのは4号裁判官の3分の1」という現実を思い出してください。
3分の2は4号のままなのです。
ところが、予算だけは全員分を確保しています。
すると、この3分の2の4号裁判官については、3号との差額分だけ予算は使わないわけで浮くことになります。
これがウラ金の源泉になるのです。
2号、1号についても同様で、予算は全員分、実際に使うのは3分の1だけで、残りの3分の2については使わずウラ金に積み上げていくことになります。

『裁判所データブック2014』によって裁判官の報酬等(平成26年4月1日現在)を見ると、3号の月額は98万4000円、4号の月額は83万4000円ですから月額15万円の差があります。
これを年間に換算すると、15万円×12カ月×60人(4号据え置き者)で、約1億円になります。
2号、1号についても各約1億円のウラ金が約60年間続いているので、全部で180億円もの金額が浮いていることになります(実際はこれに期末手当や都市手当などが加わってもっと高額になります)。
これがすべてウラ金として最高裁に蓄積され、何らかの用途に使われているのです。

●ウラ金は最高裁の必要経費!?

3分の1しか昇級させない1号、2号、3号裁判官の報酬予算を全員分要求して、3分の2をウラ金とするという構図。
このことを納得して認める国民がいるでしょうか。
お金の出どころは、私たちの血税なのです。
3分の2の未昇級分も裁判官報酬用に獲得した予算であって、最高裁が自由に費消してよいお金ではありません。
これに国家予算の使い方としての合理性を認める主権者は一人もいないはずです。
最高裁は、莫大なウラ金を何に使っているのでしょうか。
私は、最高裁による裁判官統制の〝必要経費〟に使われていると見ています。
裁判官に公知の方法を取るべき3号の要件を公知せず、最高裁に対する従順と協力の度合いで決するという恣意的運用は、何らかの対策を打たなければいずれ国民(主権者)の知るところとなり、最高裁による裁判官の統制という問題も明らかになってしまいます。
問題が明るみに出ることを阻止するには、第一に、司法制度の研究者や学者に対し、研究課題と法外な報酬を与えることにより、異議を述べさせないようにするという対策があります。
この費用、すなわち研究者・学者の丸抱えの費用にウラ金を使うのです。
最高裁はさまざまな研究会等を設けていますが、その本当の目的は出席してもらう研究者や学者の懐柔です。
建て前としての目的は、司法制度改革や裁判員制度についてなど、いかようにも作れます。
司法を専門としている大学教授など研究者や学者のほうは、手厚い謝礼をいただけることのメリットももちろんありますが、それよりも最高裁に気に入られるかどうかのほうが重要で、気に入られなければさまざまな面で不利な立場に追いやられます。
法科大学院の教授などは、そのような立場の典型でしょう。
法科大学院は抱えている教授に悪評が立ったら学生が集まらず、経営が立ち行かなくなります。
法科大学院の経営が順調にいくためには教授陣に対する最高裁の〝庇護〟が必要なのです。
庇護を受けられるかどうか、それは教授陣の生命線にほかなりません。
最高裁からの庇護と最高裁への協力姿勢。
その関係の中に少なくないお金が動いているはずです。
当然わかってもいいような3号問題や統制について、研究者・学者の研究結果がいっさいないことは不思議であり、異常でもあります。
最高裁による研究者・学者の丸抱えが功を奏している結果ではないでしょうか。
法律の教科書でも、初めのうちは民主的なことを書いていたのに、版を重ねて5版目ぐらいからガラッと記述のトーンが変わってしまう本を何冊か発見しています。
これは自発的にそうしているのか、それとも何らかの圧力がかかったのかはわかりません。
ただ、初版本とのギャップがあまりに大きいと、その不自然さに疑いの目を向けざるをえません。

●こんなところにもウラ金か?

関連していえば、2009年に裁判員裁判が始まる前に各地でフォーラムやタウンミーティングが行なわれましたが、この裁判員制度のPR、キャンペーンの費用もウラ金から出ていると思われます。
タウンミーティングでは、市民からの「やらせ質問」が問題になりましたが、筋書きどおりの質問をするだけで、5000円の謝礼が支払われています。
質問する人ばかりではなく、たとえば会場のエレベーターのボタンを押す係も設け、一人5000円の報酬が支払われました。
もらうほうに罪はありませんが、客観的に見ると無駄だと思われるお金を惜しみなく使っていることに唖然とするばかりです。
裁判員裁判に関するこうしたお金は、合わせて30億円近くを使ったとマスコミ等で指摘されています。
名目は、裁判員裁判に対する国民の理解を広めるためでしょうが、だったら「やらせ質問」などという姑息な手段をなぜ使うのでしょうか。
意味がわかりません。
ちなみに、2009年から始まった裁判員制度については、運用前から今日までさまざまな批判の声が上がり続けています。
私も、当初から疑問視している一人で、刑事裁判ではなく民事裁判にこそ導入すべきだと考えています。
日本の司法・裁判制度は欧米先進国に比べて遅れているという指摘をすでにしてきましたが、裁判員制度は「日本は、裁判をもっと民主的にせよ」という諸外国の声をかわすために、半ば慌てて導入したものにほかなりません。
裁判員制度によって主権者たる国民の目が司法にも届くようにしたように見えますが、目くらましにすぎません。
司法への国民参加を謳うなら、やらせ質問などはもってのほかです。
最高裁のやることは、筋が通らないことばかりです。
筋が通っていないことを最高裁自身が知っているからこそ、ウラ金を蓄積し、主権者の目の届かないところで使うという仕儀に及ぶのでしょう。
最後に、最高裁内部の事情を知る可能性のある裁判官、職員を懐柔することも必要になります。
そこで、たとえば海外留学や海外視察などに行かせるといった方法を取るのです。
留学や視察という名目なら格好がつきますが、要は海外旅行のようなものです。
振り返ってみれば、そのような裁判官が私の周りにもいました。
最高裁の気に入る裁判官は、任官から10年以上経つとわりと長い海外視察に出かけたりしているのです。
こうした費用にもウラ金が使われます。

2 最高裁に情報公開を請求すると…

●裁判所は情報公開の対象外か

●情報公開に関する最高裁の見解


●ヒラメ化とウラ金について情報開示を請求

2009年(平成21年)4月28日、私はこの要綱および通達に基づき、最高裁に対して情報公開を求めました。
請求した情報は、次の「別紙??」にあるように、裁判官をヒラメ化する根拠、および最高裁のウラ金に関する司法行政文書です。

別紙?第1、裁判官の人事管理に関する法令について、以下のものを明らかにされたい。
1.裁判官の人事評価に関する法律、命令、規則、運用規則、運用マニュアル。
2.裁判官の報酬に関する法律、命令、規則、運用規則、運用マニュアル。
3.裁判官の転勤に関する法律、命令、規則、運用規則、運用マニュアル。

第2、裁判官の人事評価について以下のことを明らかにされたい。
1.裁判官の人事評価に関する規則(平成16年最高裁判所規則第1号)の運用規則並びに運用マニュアルを明らかにされたい。
2.平成16年以前の裁判官の人事評価は何に基づいてしていたか、規則、運用マニュアル等を明らかにされたい。

第3、以下のことを明らかにされたい。
1.最高裁判所が裁判官を最高裁判所判事に推薦する基準。
2.最高裁判所が高等裁判所長官を任命する基準。
3.最高裁判所が地方裁判所、家庭裁判所所長を任命する基準。
4.裁判官の転勤に関する規則、基準、運用マニュアル。
5.司法修習生のうち、裁判官に採用する修習生の採用要件を定めた根拠規定及びその根拠規定に該当するか否かの判断は、だれが、いつ判断するのか、及びその運用を定めた根拠規定及び運用マニュアル。
3.裁判官に採用した司法修習生の最初の任地をどこにするかについて定めた根拠規定及び運用マニュアル。

第4、裁判官の報酬の予算について
1.?平成22年度の裁判所の全予算額はいくらか。
?平成22年度の全裁判官用の報酬の予算額はいくらか。
その内訳を明らかにされたい。
?第何号報酬用にいくらといった予算の決め方をしているのか。
?平成22年度の裁判官用の報酬予算額のうち、報酬に使った残りの額はいくらか。
??の残りの額が生じた理由は何か。
何号報酬用から残りの額が生じたか。

2.?平成22年度の裁判官報酬の予算中、平成22年度において裁判官3号報酬に使用した額はいくらか。
3号報酬用の予算中、平成22年度で残った額はいくらか。
その額はどのようにして保管しているか。
?平成22年度中の裁判官用の予算の中、平成22年度において、裁判官の報酬に使った額はいくらか。
その残りはどのようにしているか。

第5、裁判官の報酬に関して1.裁判官の報酬の根拠規定とともに、運用の根拠規定、運用マニュアルを明らかにされたい。
2.裁判官が当該報酬に該当するか否かは、だれが、どのような規定に基づいて判定するのか、その運用マニュアルも明らかにされたい。
3.裁判官の報酬について、報酬が上がる要件を定めた規定及びその運用マニュアルを明らかにされたい。

第6、裁判官3号報酬に関して、以下について根拠規定と運用の根拠規定を明らかにされたい。
1.裁判官が3号報酬になる時期は、裁判官任官後何年を経た何年何月から支給されるのか。
2.?3号報酬に最初に支給される年月に、その期の裁判官全員が支給されるのか。
?全員でないとすれば、その期の何パーセントが支給されるのか。
?その期の残りの裁判官はいつ3号報酬になるのか。
?3号報酬に裁判官在官中にならない裁判官はその期の何パーセントか。
3.平成22年に3号報酬になった最初の期は、何期で何人か。
4.平成22年に3号報酬になった期別の人数を明らかにされたい。
5.平成22年に2号報酬になった期別の人数を明らかにされたい。
6.平成22年に1号報酬になった期別の人数を明らかにされたい。

別紙?

1.裁判官の任地に関する法律、規則、運用マニュアルについて、明らかにされたい。
2.裁判官の転勤サイクルに関する法律、規則、運用マニュアルについて明らかにされたい。
1.当該裁判官が当該任地に勤務することになるためには、だれが、どこで、どのような規定に基づいて決定するのか。

そして、何年間その任地で勤務するかについては、どのような規定ないしどのような規則又は、だれの判断等で決まるのか。
その運用マニュアルも明らかにされたい。

予想はしていましたが、私の情報開示請求に対する最高裁の回答は門前払い同様の扱いでした。
ごく些細な裁判所の予算額などの一部を除いて、ほとんど全部について「開示できない」というのがその答えです。
「何人に対しても、当該司法行政文書を開示するものとする」という要綱の趣旨とは裏腹で、案の定、「不開示情報」の但し書きを前面に押し出してきました。
開示された予算額はもともと公開されている情報で、わざわざ開示請求の手続きをせずとも、インターネットなどでいつでもだれでもすぐに入手できるものです。
あまりにも誠意のない対応に呆れてしまいました。

●公開拒否の取消請求を東京地裁に提訴


●会計検査院の検査を受けない最高裁

裁判官に対する報酬が予算のとおり執行されているのか、換言すれば、裁判官の報酬に関する規程のとおり、報酬俸給表に従った支給がされているかは、裁判官予算の執行状況を検査すれば簡単にわかることです。
そこで私は、最高裁に対して情報開示を請求する一方で、会計検査院に対し、「最高裁判所の行なった裁判官の報酬、昇給、昇格、諸手当の対裁判官予算の実施状況の適正に関する会計検査の実施状況について」行政文書開示請求を行ないました。
最高裁への請求から3カ月後、2009年(平成21年)7月16日のことです。
これに対する会計検査院事務総長の平成21年7月31日付の回答は、「開示請求に係る行政文書を作成・取得しておらず、保有していないため」という理由で、「行政文書不開示決定通知書」(次ページに掲載)を送るというものでした。
たった一枚の通知書で拒否されてはたまりません。
通知書を受け取ってすぐに電話で詳しい理由を問い質しました。
私のさらなる追及に対し、係官は「会計検査院は、日本国憲法発布以来、裁判官の予算に対する執行状況の検査はしたことがない」という返事。
そこで、その返事の内容を書面でするよう要求したところ、「電話でなら答えられるが、書面の返答はできない」と答えるばかりでした。
なぜ書面ではできないのかとの私の質問に対して、堂々と無言を通していました。
まるで「それ以上、追及するな」と威圧的に言っているかのようです。
私の質問に対する係官の回答は、事実なのでしょう。
会計検査院は、当然すべき最高裁による裁判官の報酬に関する会計検査を、憲法発布以来の70年間にわたって一度も行なっていないということです。
なぜなのでしょうか。
会計検査院が裁判官報酬の会計検査をしない見返りとして、最高裁は公務員の違法行為に対する国家賠償請求訴訟等、官僚の違法行為の裁判を厳格にして、官僚の違法行為を容易に認めないようにしているからだという推測が成り立ちます。
このような〝裏取引〟が明示もしくは黙示されていると考えるのが自然です。
そこで、下級審の裁判官が官僚の違法行為を認める裁判をすることは、最高裁の逆鱗に触れることになります。
逆鱗に触れれば、安倍晴彦さんのように、その後の裁判官人生において差別的な扱いを受けることになります。
これが、金融、医療過誤、公務員の国家賠償責任、米国に関係する訴訟、原発関係訴訟等を主権者が起こしても勝訴しない理由なのです。
この裏取引については、次節で詳しく述べます。

●市民101人とともに再び情報開示を請求


3 行政機関と最高裁の闇取引

●なぜ公務員は個人責任を問われないのか

第1章で、日本の裁判がおかしい例として、市民による行政訴訟は9割方敗訴すること、また公務員は不法行為責任を問われないという最高裁判例が踏襲され続けていることについて触れました。
このおかしな事実は、いつから始まったのでしょうか。
なぜ生まれたのでしょうか。
ここでもう一度確認しておきましょう。
原点は、時の為政者たちが後生大事に守り続け、安保法の根拠にもされている砂川判決にあります。
第2代最高裁長官でもあった砂川事件の田中耕太郎裁判長は、判決に至る前にアメリカ駐日大使とたびたび密会し、裁判情報を逐一報告していました。
すでに指摘したように、この田中長官の行為は、国家公務員法に違反するものであり、背任罪にも問われます。
しかし、当時はだれも最高裁長官の違法行為を指摘する人はいませんでした。
何よりも、司法の頂点に立つ最高裁長官自身が違法であることを知っていながら、何度も同じ行為を繰り返していたのです。
自らの違法行為を不問に付しながら、他の公務員の違法行為については不法行為責任を問うというのはさすがにできません。
これが、行政事件や公務員の個人責任裁判に対して最高裁が消極的になっている大本の背景であり、理由です。
この理由に、最高裁が現在行なっているヒラメ裁判官作りやウラ金作りという違法行為が加わります。
ウラ金作りは、法的には虚偽公文書作成罪、同行使罪、詐欺罪、背任罪、横領罪が当てはまります。
厳密にいえば最高裁長官以下、担当局長、課長、係官がグルになって行なっている違法行為ということになります。
最高裁が他の国家機関に勤める公務員の違法行為を厳正に追及する裁判を行なえば、他の国家機関から最高裁の違法行為を指摘してくることは必定でしょう。
つまり、逆襲を食らうというわけです。
以上のような理由をもって、最高裁は行政事件については可能な限り裁判をしないで済むように門前払いをしたり、内容に立ち入っても形式的な裁判に終始したりと、公務員の違法行為を認めない方針を暗に貫いているのです。
公務員の個人責任は国家賠償法に明文の規定はありませんが、法の趣旨からは肯定すべきであり、個人責任を全面的に否定する理論的な根拠はありません。

●官僚制度の維持に必要な闇取引

最高裁は、公務員の国家賠償法上の個人責任はないとの判例を守る。
その代わり、会計検査院や行政機関も最高裁のウラ金やヒラメ裁判官制度を見て見ぬ振りをする。
──この関係を私は「闇取引」と呼んでいます。
じつは、公務員が国家賠償法上の個人責任を負わないとすることは、日本の官僚制度の維持にとって、根源的な重要性を有しているのです。
オランダのジャーナリストで日本人向けに多くの著書(翻訳本)を上梓しているカレル・ヴァン・ウォルフレンは『日本/権力構造の謎〈上・下〉』(篠原勝訳、早川書房、1990年)の中で、次のように日本の政治の特徴を指摘しています。

「日本では、何世紀にもわたり、権力を分け合う半自治的ないくつかのグループの力のバランスをはかることによって、国政がおこなわれてきた。
今日もっとも力のあるグループは、一部の省庁の高官、政治派閥、それに官僚と結びついた財界人の一群である。
(中略)個々のグループはどれも、究極的な責任は負わない。
これら半自律的なシステムの各構成要素には、国家の権威をおびやかしうる自由裁量権が与えられているが、それらすべてを統率して牛耳るいかなる中央機関も存在しない。
(中略)このシステムにも、ヒエラルキー(階層構造)あるいは、互いに重なり合ういくつかのヒエラルキーの複合体がある。
だが、頂点がない。
いわば、先端のないピラミッドだといえる。
究極的な政策決定権をもつ最高機関が存在しないのである」(同書〈上〉)

ウォルフレンは、日本の官僚制度の特徴は、究極的な政策決定権を持つ最高機関が存在しないことと指摘しているのです。

●合致した「最高裁の利益」と「行政機関の利益」

一方、官僚制度については、次のような意見もあります。
『日本中枢の崩壊』(古賀茂明著、講談社、2011年)から引用します。

「官僚志望者の大半は、国民のために持てる能力を発揮したいと望み、官僚を目指す。
ところが、この純粋無垢な気持ちは、いつの間にか汚濁にまみれていく。
そういう構造的な欠陥を現在の官僚機構が宿している。
(中略)公共のために働く公務員の役割は、利潤追求を最大の目的とする企業の従業員のそれとは根本から違う。
公務員は、国民から徴収した血税を使ってどのような施策を立案すれば国民生活が向上するかを第一義に考えるのが仕事だ。
省利省益の確保と縄張り争いに血道を上げ、職員の生活が豊かになっても、国民の誰も賞賛はしないどころか、それは悪でしかない。
つまり、一度入省すれば番地が変わらず、その官庁が終の棲家になるため、自分の所属する省への利益誘導体質ができあがっているというわけだ。
これを本来の国家公務員の使命である国民のために働くという体質に改善する新たな人事システムの導入が必須となる」「普通の役所のキャリアが省益のために働くのは、結局、最後は役所の世話にならないと生きていけないからだ」
2人の著者が指摘する官僚の実態、すなわち、一つ目は官僚を統制する最高機関がないこと、二つ目は省益の確保と縄張り争いに血道を上げていること──という実態がある中で、国家賠償法上の個人責任が適用されると、官僚同士が激しい足の引っ張り合いや省のイメージダウン合戦を図り、内部リークのすさまじい応酬を起こしかねません。
種々の機密費、たとえば官房機密費や外交機密費、それぞれの省の機密費の運用をめぐって熾烈な争いが生じることも容易に考えられます。
官房機密費等については、市民が公文書公開を求めるのに非常に苦労していますが、機密費の使途とともに、いとも簡単に明らかになってくる可能性があるのです。
このような事態になると、国民の公僕性を忘れた官僚制度自体が内部から崩壊しないとも限りません。
国民のためではなく省利省益のために働く現在の官僚機構が崩壊するのは、主権者である国民にとっては望ましい事態です。
古賀氏が指摘する「本来の国家公務員の使命である国民のために働くという体質に改善する新たな人事システム」の構築に向かわざるをえないからです。
しかし、最高裁や行政機関は官僚機構の透明化は絶対に避けたいと考えています。
最高裁は、公務員の国家賠償法上の個人責任を認めると、結果として反主権者的な官僚制にとどめを刺すことになるとわかっているので、どうしても公務員の個人責任を認めようとしないのです。
日本の官僚機構が主権者に真に役立つためには、行政官僚制度だけでなく司法官僚制度の牙城である最高裁事務総局も、主権者に役立つ組織に改編しなければなりません。
最高裁は、そうなることをもっとも恐れています。
裁判官のヒラメ化、最高裁のウラ金の秘密を明らかにされたくない最高裁側と、公務員の国家賠償法上の個人責任がないとすることによる行政機関側との闇取引は、双方の利害が一致している結果です。
この闇取引、つまり公務員が国家賠償法上(民法上も含む)の個人責任を負わないという〝取り決め〟は、明治憲法下における「国家無答責」(国家の公務によって損害を与えても、国は損害賠償の責任を負わない)の思想の延長であり、公務員の反主権者的行動の根源になっていることを私たち国民は知っておかなければなりません。

●最高裁判例は東京地裁の判決によって否定された

公務員個人はその責任(国家賠償法1条1項、民法709条、715条)を負わないとした最高裁の判決は、3度にわたって出されています。
最初の判決は、第1章でも紹介した1955年(昭和30年)4月19日に第三小法廷で出されたものです。
2回目は、72年(昭和47年)3月21日の第三小法廷判決、3回目は78年(昭和53年)10月20日の第二小法廷での判決です。
2回目、3回目は、最初の判例に「右へ倣え」した判決なので、中身はほぼ同じです。
すなわち、いずれも公務員の個人の責任をほぼ全面的に否定しています。
この全面否定の最高裁判例については、私だけではなく憲法学者をはじめ多くの法律家が異議を唱えています。
その大方の意見は、「仮に、公務員個人の責任を否定すべき場合があることを認めるにしても、それは過失の場合に限るべきであり、故意がある場合になお『個人責任はない』とまで公務員を優遇する理由はない」というものです。

昭和53年の最高裁判決から16年後、平成6年9月6日に共産党幹部宅盗聴事件の判決が東京地裁で出されました。
同事件は、共産党の情報を収集する目的で、警察官が党幹部の自宅に盗聴器を仕掛け、電話を盗聴するという違法行為に及んだというものです。
東京地裁の判決は53年の最高裁判例を一部否定し、公務員個人の責任が問われない範囲を過失の場合に限定しました。
つまり、故意に行なった公務員の違法行為については、公務員個人の責任を肯定したのです。
判決は盗聴に関与した警察官に対して、「自らの行為が違法であることを当初より充分認識しつつ、なおかつ、あえて公務として盗聴行為に及んだものと認められる事案であり、形式的に見れば、警察官らによる本件盗聴行為が民法709条所定の要件を充たすこと自体は明らかであるところ、本件事案の特殊性・重大性に徹するとき、命令に従って職務として行動したものと推認できるとはいえ、違法な行為と知りつつ、現に本件盗聴を実行したことが明らかな警察官について、その個人としての責任を否定すべき積極的理由は見出し難いところであると言わなければならない」と断じました。
53年の最高裁判例については、次のように見解を記しています。
「思うに、公務は私的業務とは際立った特殊性を有するものであり、その特殊性ゆえに、民事不法行為法の適用が原則として否定されるものであると解されるが、右の理は、本件のごとく、公務としての特段の保護を何ら必要としないほど明白に違法な公務で、かつ、行為時に行為者自身がその違法性を認識していた事案については該当しないものと解する162のが相当である(傍線は生田)。
このように解しても、(中略)(公務員が)損害賠償義務の発生を恐れるがゆえに公務員が公務の執行を躊躇するといったような弊害は何ら発生する恐れがないことは言うまでもなく、かえって、将来の違法な公務執行の抑制の見地から望ましい効果が生じることさえ期待できるところである」妥当な判決だと思います。
行政法学の第一人者である阿部泰隆神戸大学名誉教授も、著書『国家補償法』(法学教室全書、有斐閣、1988年)の中で、「最高裁判例は公務員の個人責任否定説を採ると一般に解されているが、過失の場合ならともかく、公務員に故意がある場合でも個人責任がないとまで言い切っているといえるかは疑問であり、目下のところ、最高裁は故意の場合まで判断していないと解してよいと考えられる」と説いています。

ここまで最高裁判決の公務員の個人無答責の判例が批判されても、なおかつ最高裁が自らの判例を守り続けていることは、行政機関との闇取引の存在以外にその根拠を見つけることは困難というべきでしょう。

第5章 最高裁に「安保法=違憲」判決を出させる方法

1 選挙に行くように、裁判しよう

●官僚に支配される日本、そして裁判所

●日本は本当に「良い国」なのか

●原発事故の重大性を忘れてはならない

●訴訟の効用はたくさんある

●「お客さん」から「探求者」へ

●正義の裁判官はどこかにいる

●裁判長は飛ばされたが…──裏取引を証明する早ワザ


2 絶望の裁判所から脱出する法

●サッカー、裁判、主権実現

●確認しよう!?裁判の3つの機能

●意図的に制限されてきた裁判機能


3 フツーの市民が裁判してみたら──巷の人々の裁判体験記

●裁判は自分を成長させてくれる

●社会の循環を司法が阻害するならば…

●おわりに 裁判についての3つの提言


著者 生田暉雄 いくた・てるお

一九四一年、兵庫県神戸市生まれ。
一九七〇年、裁判官任官後、一九八七年に大阪高裁判事に。
一九九二年に退官し弁護士になるまで裁判官としての勤務は二二年間にわたる。
弁護士としては、忌避されがちな難事案を積極的に引き受け、高知白バイ事件、愛媛教科書裁判などの弁護を担う。
本書では、裁判所の実態を告発する一方、裁判を「主権実現の手段」と位置づけ、市民の手に取り戻す術を提案している。
著書に『裁判が日本を変える!』『裁判員拒否のすすめ』(共著)がある。

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