倒産する出版社に就職する方法・第46回
「なんかしっくり来ないの。だからとりあえずいったん白紙にして、今考え直してるとこ」
「じゃあ、まだ何にも描いていないんですか?」
「うん」
「まったく?」
「まったく」
「1枚も?」
「1枚も」
「描いて……」
「……ない」
!!!
薄々は感じてました。そうではないかとは思っていました。
しかし、植え込みに落ちてんのヒキガエルの死骸っぽいなあと思いながら近づいたとして、ホントのヒキガエルの死骸は想像以上にグロいのです。薄々感じることと、リアルを目の前にすることでは衝撃度が違います。
ただ、いかに衝撃的にせよ、「開催日まで残り1カ月、仕上がったイラストゼロ」という事実から目をそむけることはできません。
「もう残り1カ月ですよ」
「そうだね、ちょっとやばいね」
長澤氏もようやく危機感を持ってくれたようです。このまま行けば壁に激突することを認識しただけでも前進です。とりあえず長澤氏とは危機感を共有できました。
それなら、もう終わったことをどうこう言っても仕方ありません。過去を変えることはできないのですから。
ここは逆転の発想が必要です。残り1カ月もあるじゃないか、この段階で気づけてよかった、と考えてみればどうでしょう。交通安全のお守り持ってたから車に撥ねられても骨折で済んだ、みたいな。視点を変えれば、ピンチはチャンスなのです。
「少しでも個展のイメージがあるなら、まとめていただけませんか。私も相談にのれるかもしれないので」
「わかった。じゃあ、今のイメージ、LINEで送るね」
おお、ありがたい。これでようやく私が待ちに待った個展の全貌が見えてくることになりそうです。長澤氏からのLINEです。
『環境社会問題作品
ファンタジー作品
子どもたちが退屈しない工夫
星の空間
絵的にめちゃくちゃいい
みんな来たがる
でもマジな話もする』
ナイスです。もうナイスという言葉しか見つかりません。なかでも「めちゃくちゃいい」と「みんな来たがる」のところが特にナイスアイディアといえます。
LINEを見る前より、個展への不安が募ります。
個展まで残り1カ月、現状こんなにナイスな感じで大丈夫なのか、もう一方の当事者・藤原ひろのぶ氏にも確認しなければなりません。直接電話です。
「今、長澤さんと個展の話をしたんですけど、具体的なイメージが煮詰まっていないみたいなんですよ。藤原さんのほうでも具体的にどう見せるかを考えていただいているわけですよね?」
「……」
「もう1カ月しかないので、どういうイラストを何点くらい描くか確定させないといけないじゃないですか」
「……」
「それらをどんな雰囲気の空間に、どうやって展示していくかという見せ方も決めないと」
「……その、個展に何点あって、どう見せるかっていうイメージ、ホントに必要なんかな?」
「……というと?」
「ピカソの絵なら1点だけ飾ってあればいいわけやんか?」
「……」
「……」
「……ハハハハ」
「ハハハハ」
本気か、冗談か。言い訳か、自信か。うつつか、夢か。
私は笑った。藤原氏も笑った。
いや、ハハハと泣いたのかもしれない。
個展まで残り30日。