三五館シンシャ

倒産する出版社に就職する方法・第2回

メロスは激怒した。

いや、俺だって激怒した。

こんなに何社も何社も受けているのに、なぜ採用されない!

30社も受けてるんだから、一社くらい、「君、いいね!」とか言ってくれるところあってもよくない?

ただの一社もないもんかね?

こんなにやる気みなぎっていて、なんでもやります!って言っているのに!

給料要らないから出版社で働きたい!とまで言っている人間をなぜ採らない!?

 

怒り。

 

それにしても、こんな人間さえ入れない“出版社”ってのは、さぞ能力とやる気に満ちあふれた人々が集っているんだろうな。俺には及びもつかない発想力と一般教養と実行力を兼ね備え、その能力を結集して、そこに入れない人には思いもつかないような本ばっかり作ってるんだろうなあ。だから、面白いだけじゃなくて、売れる本ばっかり出版されているよね。出版業界って右肩上がりの成長産業だもんな。本屋に並んでるのは隅から隅までベストセラーばっかりだよね。そうだよな、ねえ?

 

妬み。

 

偏差値も俺よりみんないいんだよね?

人間力だって群を抜いてるわけだよね?

本だって俺よりずっと多く読んでるんだよね?

麒麟って書けるよね?

コミュニケーション能力も高くて、明るくって、さわやかなんだよね?

歯、白いよね? サマーセーター、青いよね?

 

不採用通知を受け取るたびに、そんな呪詛を垂れ流していても、状況は変わりません。

春に始めた就職活動は、いつのまにか年を越します。

新聞の求人欄に周囲を睥睨するように堂々と掲載される大手出版社の採用広告の季節はとっくに過ぎ、それより一回り二回り小さ目の中堅出版社の求人広告の時期も終わり、三行広告のごときスペースにおおよそのことを「委細相談」でまとめる小出版社の求人広告を追いかけつづけるのです。

 

もうすぐ卒業か…。

恨みと妬みの中に怒りが塗り込められた怨恨のミルフィーユが四方にそびえ、外が望めません。

まだ冬? もう春? えっ、桜咲いてんの?

季節も、出版業界の姿も、卒業後の進路も当時の私にはまったく見えなかった。

 

当然、卒業式なんか行くつもりもなく、12時ちょっと前に起きて、「笑っていいとも!」見てやったわ。

自室に独り、この一年で味わったたくさんの負の感情がふたたび去来する。

 

 

恨んだ

嫉んだ

妬んだ

拗ねた

激怒した

 

そして、ついに……

 

 

最終解脱した。

(メロスも最終解脱した。たぶん)

 

「入れないんなら、作ればいいんだ」

 

コペルニクス的転回。

目から鱗。

ナイスアイデア。

 

それから数日、有限会社が300万円で作れるというネット情報を仕入れたので準備は万端です。

もう何年も今日の晩飯が何かというテーマでしか口をきいたことのない母親にこう切り出しました。

「あのう…出版社を立ち上げようと思うので、300万円貸してくれませんか?」

 

母親は激怒した。

(きっとメロス以上に激怒した)

 

「社会人としてちゃんと働いた経験もない人間が突然に出版社を立ち上げるからお金を貸してくれなんて言ってはいわかりましたって貸せる人がいると思うだいたいあんたは大学に入るときだって…………」

 

読点がひとつもないまま、5分、10分……。

長い。

 

「……ってさんざん厳しいこと言ったけど、ここに300万円あるわ(ニコッ!)」

という大逆転の展開はどうやら到来しそうにない、と見切りをつけた私は、

「わかった」

と静かに言い渡し、心のひとつもわかりあえぬ大人たちを睨む。

 

そして俺は今夜家出の計画を立てる

とにかくもう学校や家には帰りたくない

自分の存在が何なのかさえわからず震えている22の夜

妹のチャリで走り出す 行き先もわからぬまま

暗い夜の帳の中へ

(つづく)


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