倒産する出版社に就職する方法・第74回
風邪もインフルエンザも寝れば治る。私はそう信じている。
なぜなら、私はこれまでそうして風邪やインフルエンザを乗り越えてきた。
どうしようもなくつらければ、ひたすら寝ればいい。眠れば解決する。だから、私は眠った。
翌10日、布団の中で震えながら目を覚ます。歯と歯がぶつかりガチガチと音を立てる。異常な寒さだ。戦慄悪寒というらしい。
布団を這い出て、リビングに行き、体温計を脇に挟む。横目でちらちらデジタル表示を確認する。
……36.2……37.2……38.0……
数字が上がるピッチが以上に速い。
……38.3……38.8……39.2……
怖えぇ。
もう十分だ。
まだピピッと言ってないけど、もういい。
思ってたより高けぇ。やっぱり測るんじゃなかった。真実を知ることが正義とは限らない。世の中には知らないほうがよい事実がたくさんある。
「それ、ヤバいよ」という次男の予言が当たった。感染してしまった。風邪ではない。インフルエンザだ。きっとあのときつむじから脳内に侵入したやつだ。
私は再びヨレヨレと布団にもぐり込んだ。治すことは寝ることだ。
目覚めては寝てを繰り返す。断続的に目を覚まして、そのまま布団を出ることもなく再び眠りにつく。高熱にうなされ、意識はもうろうとしている。
頭の中に4つのキューブが浮かんでいる。キューブは2個セットが2組、一面を接してつながっている。そう、テトリスで落ちてくるとめんどくさいアイツだ。アイツばっかりどんどん落ちてくる。俺は隙間を作らず処理しなければならない。しかも今日は校了日だ。今日校了できなければ新刊の見本が間に合わない。気持ちが焦る。俺はキューブを隙間に無理やりねじ込もうとする。キューブはハマらない。そうしている間にも新しいキューブがどんどん落ち、次々にいびつに隙間が生まれる。校了はどうする。焦りと隙間を残しキューブが積み重なっていく。
……なんだこの夢。
荒い呼吸で目を覚ます。それにしても、じつにイヤな夢だった。
きっと熱はまだ下がっていないだろう。体感でわかる。リビングに這い出していって、妻に買ってきてもらったポカリスエットを飲み再び布団へ戻る。こうして12月10日は暮れていった。
翌11日。明け方。
またあのキューブの夢だ。さっき見たから夢の中でも俺はもうこれが夢なのだとわかっている。夢なのだから放っておこう。次から次へキューブが落ちてくる。キューブが落ちてくる。キューブが落ちてくる。キューブが落ちてくる……。俺が何とかしなければ。俺は必死でキューブを隙間に無理やりねじ込もうとする。入らない。押し込んでも押し込んでもどうしても入らない。隙間が残る。キューブが落ちてくる。キューブは積み重なっていく。どうしよう。そういえば今日は校了日。マズイ。このままだと見本がズレる。
……だからなんなんだよこの夢。
荒い呼吸で目を覚ます。イヤな夢だ。おいっ、いい加減にしろ。誰だよ、キューブを次々落としてくんの。こっちはインフルエンザかかってんの。勘弁してくれ。もうキューブを落とすんじゃねえ。ポカリを飲み、布団へ。
11日。昼。まだ私は立ち上がれず、布団の中でまどろむ。
またキューブか。もう知らねえ、どうでもいい。キューブが落ちてくる。関係ねえ、それにこれは夢だ。キューブが落ちてくる。……。キューブが落ちてくる。……。キューブが落ちてくる。……俺が何とかしなければ!
……地獄かよ。
夢の中で夢だとわかっているのに焦ってキューブをハメようとしてしまう。おちおち寝てもいられねえ。賽の河原で石積んでると鬼が壊していくっていうアレか。そのニンテンドースイッチ版なのか。
インフルエンザはつらい。