倒産する出版社に就職する方法・第60回
2018年5月15日、午後2時、JR上野駅改札。
次々に改札に押し寄せる人の波を見つめながら、私は長澤美穂氏とともに、ある人物の到着を待っていました。待ち合わせ時刻はもうすでに過ぎています。
「どんな人なんですか?」
「うーんとね、イキッてる。とにかくイキッてるから、来たらすぐわかる」
「そうですか……」
すべては一枚のポスターから始まりました。A3サイズのカラーポスターには「トイレットペーパー」「塩」「砂糖」「化粧品」「不織布マスク」……と個別の品目が描かれ、その中央に可愛らしいキャラクターとともに大きな字で「買いものは投票なんだ」と銘打たれています。下欄には「どの店に投票する?」という問いかけがあります。SNS上で目にしたこのポスターに私が惹かれたのが2016年のことで、その作者が長澤美穂氏です。
「このメッセージを書籍にしたい」と思い立った私は、長澤氏に連絡をとります。ポスターの書籍化には長澤氏もすぐに同意してくれたものの、ここからが苦難の時間でした。
ポスターを書籍にするということは、一枚に収まって描かれていたものを解体し、ページを繰る本の形式で数十ページ分に構成しなおさないといけないのです。
ポスターに描いてあったものをそのままページ割りにしても面白くない。ページをめくってもらう仕掛けを作りながら、ポスターの主張を表現していかなければなりません。
長澤氏と私はどのように見せれば書籍として多くの人にアピールするものになるかをやりとりしつづけますが、なかなか答えが出ません。そうこうしているうちに2017年10月に三五館が倒産、同年12月に私は一人で三五館シンシャを立ち上げることになります。倒産を詫び、新会社の設立を報告したあとも「買いものは投票なんだ」の書籍化に向け、われわれの試行錯誤は続いていました。
そんな中、しばしのブランクを経て、長澤氏から連絡があったのです。
「あのね、すごい人と出会ったの!」
声が弾んでいます。何か良い出会いがあったようです。
「その人、全国まわって講演会してるの。たまたま話を聞きに行ったんだけど、地球の環境問題とか社会問題とか語ってて内容がいいの。フェイスブックも人気で。直接話したら一緒に作品を作らないかって話になって……」
なにやらその人物に大いに感銘を受けたようです。
「なるほど。そうですか……」相槌を打ちながら話を聞くものの、長澤氏の口から語られたキーワードに、私は少々危険な香りを感じ取っていました。
『全国まわって講演』『環境問題、社会問題を語る』『すごい人』etc.
……。
なんか怪しくね?
長澤氏が熱く語れば語るほど、そこはかとないXJAPANのTOSHI臭が漂ってくるのは気のせいでしょうか。『謎の占い師』→『マインドコントロール』→『巨額のお布施』etc.……よからぬ連想がとまりません。
しかし、せっかく著者が心酔しているものを頭から否定してはいけないのです。それなら、そのすごい人物とやら、この目で確認してやろうじゃないかと。そして、先方が指定してきたJR上野駅改札で、私と長澤氏はさっきからその人物の到着を待っているというわけなのです。
それにしても遅い。すでに予定時刻よりも10分近くが経過しています。
もしかしてあまりの人ごみに見逃してしまったのではないかと危惧した私は、その人物について長澤氏に再び確認します。
「30代の、男性、なんですよね? ……どんな感じの人ですかね?」
「とにかくイキッてんの」
長澤氏は「イキッてる」としか言いません。とにかくイキッてるのだと。
そんな人探しがあるでしょうか。上野駅のこの雑踏の中、ヒントは「イキッてる」だけです。難しすぎます。下向いてケータイ画面をピコピコいじっている長澤氏に代わって、「イキッてる」という極細ヒントだけを頼りに、私が見たこともない人物を見つけ出さなければならないのです。
イキッてる奴、イキッてる奴……。
改札付近に目を凝らし、ひたすらイキッてる奴いないか探します。そもそもイキッてるってなに?
?????
???!!!!
!!!!!!!!!
ぬぉぉぉ、イキッてる奴、来たぁぁあああ!!!!!