三五館シンシャ

もしも、万一

倒産する出版社に就職する方法・第44回

 

『藤原ひろのぶからのお詫び

どこからお詫びして良いのやら。。。

まずは先日公表した個展の日程ですが、東京で12月3.4.5予定をしていた所EARTHおじさんから

“その日は平日やないか?アホかお前”

とお叱りを受け、急遽日程を12月15.16日に変更となりました。

子どもに聞いてもらいたいのに、学校がある日にするなんて…バカ!とこれはマジで怒られたわけです。』

長澤氏との電話のやりとり(連載第43回)があった翌10月5日、朝イチでの藤原ひろのぶ氏のフェイスブックチェックを行なった私は、再びわが目を疑いました。

全面的な謝罪と日付の訂正です。

EARTHおじさんからお叱りが入ったとのことです。

EARTHおじさんキレたらめっちゃ怖い、というのは書籍の制作中に藤原氏から聞いたことがあります。本の方向性で揉め、夜中にLINEメッセージが入り、その後、電話で1時間以上にわたりキレられたと聞いた私は震え上がり、金輪際EARTHおじさんに楯突くのはやめようと誓ったのです。

 

 

いずれにせよ、12月15、16日の個展開催は、『買いものは投票なんだ』の著者二人が合意し、事実上プロジェクトがスタートしたのです。出版社の人間としても、このプロジェクトがうまくいくよう全力でサポートしなければなりません。

その前に、個展とはどのようなものかを把握する必要があります。今のところわかっているのは、日付と仮タイトルだけなのですから。

一刻も早く三者での打ち合わせを行ない、個展の詳細を詰め、それに向けてのスケジュール管理をしていかなければならない。が、多忙な藤原氏と長澤氏とが揃う機会がなかなか作れません。

ようやくその機会が訪れたのは10月中旬、麻布十番の喫茶店です。その翌日には、藤原氏がバングラデシュに発ってしまうため、三者打ち合わせの機会はしばらく持てません。

このタイミングを逃してはならない。出版後の本の動きの報告や紀伊國屋サイン会などの販促展開についての打ち合わせを矢継ぎ早に済ませたあと、私は本題を切り出します。

 

「で、12月にやる個展、どのようなコンセプトで、どのような展開をお考えでしょうか?」

「コンセプトはもうだいたい見えつつあります」

 

まっすぐにこちらを見据えて藤原氏が答えます。自信を感じさせる言葉に少しだけ安心感が増します。

 

「それは安心です。これから販売促進とか慌しくなってくるので、早めにはっきりとさせておけるといいですからね。……で、具体的にどんな感じの展開をお考えですか?」

「今までにない新しいかたちで、もう私の中で見通しが立ちつつあります」

 

藤原氏は視線をそらさず、余裕の笑みを浮かべています。

 

「いいですね、新しいかたち。……で、どういうEARTHおじさんが、何点くらい、どんな感じで展示されるとか、会場の雰囲気とか、具体的にどんなもんでしょうか?」

「単なる展示だけは意味ないんで、それを超えるイメージは仕上りつつあります」

 

藤原氏は穏やかにうなずいています。

 

「……で、具体的にどんな感じの展示に……」

「結構いい感じの展示になるかと……」

 

 

 

……。

 

 

見えない。

こんなにすぐそばにいるのに。

こんなに見詰め合っているのに。

手を伸ばせばすぐ触れることさえできるのに。

あなたのこころだけ見えない。

 

ねえ、EARTHおじさんの個展、どうなるの?

どんな会場に、EARTHおじさんが何点、どんなふうに展示されるの?

わたしだけにそっと教えて。

 

もうしばらく会えなくなるのに。

こんなんでわたしたち大丈夫?

秋が足早にわたしたちを追い越してく。

どうしてだろう、こんな気持ち。

信じてるのに涙がとまらないのはなぜ。。。

 

 

 

「あっ、マズイ。次の打ち合わせがあるんです。すみません」

 

時間を気にしながら立ち上がった藤原氏と長澤氏は慌しく店をあとにし、店内には私ひとりが取り残されました。

 

個展開催まで、残り2カ月。

もしも。

もしも、万一。

なんにも決まってねえのに、藤原ひろのぶが勢いだけで個展開催を発表していたとしたら……。

 

背筋を悪寒が駆けのぼるのは、きっと冷め切った紅茶を飲み干したせいでしょう。私は、コートのジッパーを首元まで引き上げ、秋の麻布十番を駅へと歩き出すのでした。

(つづく)