倒産する出版社に就職する方法・第12回
およそ1週間後、電話で再訪日を指示された私は、ふたたび四谷を訪れます。
(あっ、前の第11回から読んだ方、つながりありませんので。連載第10回から今回につながります。2000年の話です。なんで私が過去と現在を頻繁に行き来できる能力を手に入れたかについては連載第3回と第7回あたりを参照)
この時点で私は自分の処遇がどうなるのかを知らされていません。
「忙しいのに、わざわざ時間つくって呼び出して話をするということは……こりゃ採用でしょう(ニヤニヤ)」
期待感が私を煽ります。
一方で、「いやいやまだ早いって。出版業界に入ることがそうそう甘くないのはお前の就職活動が証明してるっしょ」
不安感が私をいさめます。
私が期待感をイマイチ信じられないのは、こいつ、これまで何度も「今回は行ける」って、先走って勝手に高まってきやがったんですね。文藝春秋の面接のあともそうだったし、新潮社の面接のあともそう。
ニヤつきながら、「面接官の反応よくなかった? 今度は行けたんじゃね?」って。
ついつい連られて、こっちも「そ、そう? やっぱりそうかな?」とその気になって。
で、結局、傷つくのは私なのでね。相当疑り深くなってはいるのです。もうお前にそそのかされねえぞ、と。
(そういえばコイツ、三五館シンシャを立ち上げるときも、「大丈夫、お前ならやれる」って言ってまして。「意外に儲かるかもよ」だって。なーんの根拠もなしに。勝手に高まって。ああ怖)
これをお読みのみなさんにとっては、私が三五館に入社することも、さらにその17年と半年後に三五館が倒産してしまうことまで全部ネタバレですが、当時の私はもちろん入社も倒産も聞かされていません。散々裏切られた期待感を信じたい気持ちと、また裏切られたらという心配が入り混じります。
「失礼します」
「いらっしゃいませ」
三五館の男性社員がパーテーションで仕切られたスペースに私を通したあとで、「H社長は電話中なので、もう少し待ってほしい」と告げます。
緊張が解けぬまま、その場でしばらく待っていると、大量のB5サイズのチラシを持ったさきほどの社員がやってきて、こう言いました。
「電話もう少しかかりそうなんだ。君、手があいているだろうから、これ折ってくれないか?」
「は、はい!」
手渡されたのは、当時三五館が出版したばかりだった作品のチラシでした。
(このタイミングで突然チラシ折れってなんだよ? ……まさか、これもしかして、最終試験じゃないのか。些事にどれくらい真剣に取り組むことができるのかを試してる?)
どういうことかよくわからないまま私は折った。
一心不乱に折った。
折って折って折りまくった。
努力が結果を導かないことを人は知っている。
人生は運に左右され、時に不条理に翻弄される。
運や不条理の前に、努力や思慮や決意は沈黙する。
ゆえに人は祈る。
祈りは心細きよすがである。
あのとき、チラシ折りは祈りであり、祈りはチラシ折りであった。
折る、折る、折る、折る……。
祈る、祈る、祈る、祈る……。
就職活動における数々の不覚が語りかける。
「自分が決めつけた限界を突破せよ。リミッターを外せ。一枚でも多く、一枚でも速く」
瞳孔が踊り、汗腺が爆ぜ、ドーパミンが檄を飛ばす。
「より速く、より美しく、より多く。やらなきゃ意味ないよ」
場所や時間の感覚が失われ、不安や心配もついに期待すら消え去り、折りと祈りが渾然とする忘我の境地へ。
私はただチラシを折るためだけにこの世に生を享けた、チラシ折りマシーンと化した。
それからどのくらいの時間が経ったろうか。
机の上には二つ折りになったチラシがうず高く積み上げられ、目の前にはいつのまにか、さきほどの男性が立っていた。
「H社長の電話が終わったんで、さあ会議室へどうぞ」
チラシの一枚を手にとった男性がつぶやく。
「あぁ、ぜんぶ印刷面を内側に折っちゃったかあ……」
!!!
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